主に黒人の、一般公共施設の利用を禁止制限した法律を総称して「ジム・クロウ法」いう。対象となる人種は、「アフリカ系黒人」だけでなく、「黒人の血が混じっているものはすべて黒人とみなす」という人種差別法の「一滴規定(One-drop rule)」に基づいており、黒人との混血者に対してだけでなく、インディアン、ブラック・インディアン(インディアンと黒人の混血)などの、白人以外の「有色人種」(Colored)も含まれた。ジム・クロウ法は、1964年の公民権法により、即時廃止された。, 1896 プレッシー対ファーガソン裁判 *11  中村『優生学と障害者』表Ⅱー2ー1、3、4(88、100-101、106ページ)、108、111ページ。トロンブロイ『優生思想の歴史』84ページ以下。米本他[2000]『優生学と人間社会』34ー35ページ、Kuhl[1994],The Nazi connection(キュール『ナチ・コネクション』43ページ)。 „Eugenik ist die Selbststeuerung der menschlichen Evolution“: Logo der zweiten Internationalen Eugenik-Konferenz, 1921, アメリカでは、1907年のインディアナ州で世界初の断種法が成立し、その後34州で断種法が導入された。池見[1940]は、アメリカを「世界最初の断種実施国」であり、「大仕掛けな断種実験場」とよぶ(池見[1940]332)。アメリカ優生学は1910~20年代にピークをむかえ、30年代にナチスとの協力関係が顕著になるにつれて衰退したが、断種の実施そのものはむしろナチスの刺激を受けて1930~40年代にピークに達する*1 。 *16  トロンブロイ『優生学の歴史』270ー271ページ、第11章。. 州政府による「分離平等政策」(「分離すれども平等」separate but equal)は、アメリカ合衆国憲法修正第14条に定める「平等保護条項」(Equal Protection Clause)に反しない。この「分離すれども平等」原則は、1954年のブラウン対教育委員会裁判で最終的に否定されるまで存続した。 断種については、1962年にカリフォルニア州で断種措置をうけた知的障害者50名に対する調査報告がだされ、本人同意がとられていないこと、手術の告知もされていないことが暴露された。 *7  有賀[1998]261-261,263頁。 「政治のジェンダー化」とは、白人男性に共和国の完全市民として「フラタニティ[男性の友愛・社交組織]」たる政党に帰属することを促し、中産階級以上の白人女性には「共和国の母」としてのアイデンティティを与えた現象をさす。「労働のジェンダー化」とは、「生産=男/生活・消費=女」という性別分離、生産の場での性別序列化(男=主/女=従)、女性二分化の進展(「貴婦人」(中産階級における専業主婦)と「女工」)を意味する。「家族のジェンダー化」とは、1830年代の中産階級で生じた近代家族の成立を意味し、「近代家族の成立は家族の女性化を意味していた*8 」。 19世紀末のアメリカでは、優生的措置は、精神障害者に対する隔離と婚姻規制、常習犯や性犯罪者に対する去勢によって実施されていた。1899年、インディアナ州感化院付き外科医シャープが若年軽犯罪者に対する断種(精管切除)を開始する。目的は、去勢という懲罰ではなく、「安全で簡便な」断種をほどこして、若者を社会復帰させることにあった。断種法成立以前に彼は400名以上に断種措置を講じたが、当初は犯罪者を念頭においていた断種をしだいに精神障害者にまで拡大する。 インディアナ州では、1905年に精神障害者やアルコール依存症者の結婚を制限する州初の優生的法律が成立していたが、1907年、シャープの働きかけにより世界初の断種法が制定された。それは、公立施設に収容された中・重度の精神遅滞者や強姦犯のうち、2人の外科医によって改善の余地なしと判断された人物に対し、低廉な費用で強制断種をほどこすことを定めた*11 。, 20世紀初頭のアメリカには、多くの優生学的組織が存在した。優生学記録局(実験進化研究所の付属施設)、優生委員会(アメリカ育種家協会の1委員会)、アメリカ優生協会、優生研究協会、ゴルトン協会、家族関係研究所、人間改良基金などである。これらはいずれも大財閥の支援を受ける民間機関であった。 ミズーリ協定(1819年のアメリカ合衆国。濃いオレンジ色が合衆国諸州。ミズーリ協定では、グレートプレーンズの未編入領土(濃緑色)における奴隷制を禁じ、ミズーリ州(黄色)とアーカンソー準州(下方の水色)の成立を認めた。西南部の薄いオレンジ色はスペイン領。), 1820 ミズーリ協定 米本他[2000]によると、「アメリカの優生運動は、社会改革というよりは倫理的変革という意味合いが濃厚であった*2 」。アメリカ社会が優生学を率先して受け容れた要因について、米本は2点を指摘する。 18世紀末~19世紀のヨーロッパ・アメリカについてまとめました。 イギリスから始まった産業革命、資本主義と社会主義、イギリス、ドイツ、ロシアの動き、アメリカの南北戦争について確認していきます。年表、一問一答問題あり。 ○3つの憲法修正条項を追加 *1  中村満紀男編著[2004]『優生学と障害者』(明石書店)第Ⅱ章「アメリカ合衆国における優生断種運動の開始と定着」232頁。トロンブレイ[2000]『優生思想の歴史』第4、7章参照。 連邦最高裁は、人種の分類に基づく分離は、施設が平等な品質である限りは合法であるとした。しかし、実際には、黒人用・有色用使節のほうが粗末だった。この裁判の結果、「分離すれども平等」原則は法的な根拠を与えられ、人種差別が温存された。. 優生学興隆の拠点となったのは優生学記録局(1910年創設)である。同局は、人類遺伝に関する膨大なデータを収集保管する一大センターとなった。その副所長をつとめたラフリンは主流派優生学者の一人として知られたが、熱心なナチス断種法支持者であり、反ユダヤ的立場を示した。カーネギーなどアメリカ優生学を支えた大財団は、ナチス優生学をも支援した*12 。, ラフリンらの意図に沿い、移民国家アメリカの優生法制は、連邦の絶対移民制限法(1924年)と漸次32州で成立した断種法によって支えられた。人種差別は前者にゆだねられ、後者は障害者と犯罪者をターゲットにおさめる。アメリカ諸州の断種法は、絶対移民制限法とのいわば「分業」により、直接的には人種差別的色彩を帯びず、長く非難を免れたのである。 *9  有賀[1998]279頁。 ⇒先住民は、ミシシッピ川以西の不毛な居住区に閉じ込められることになった。, 1838 インディアン強制移住法にもとづき、「自発的移住」期限を迎えてチェロキー族が移動。15,000名いたチェロキー族のうち、およそ4,000名が途上で亡くなったといわれ、「涙の道(涙の旅路)」とよばれた。, チェロキー族の言語で「nvnadaulatsvyi (我々が泣いた道)」と呼ばれる旅路。青い点線は陸路、青い線は水路、緑色の線はその他の移住経路。「涙の道」は合衆国の歴史の中でも最も痛ましい話の一つとされ、この出来事を記憶するためにアメリカ合衆国議会は1987年に「涙の道国立歴史の道」を指定した。この道は9つの州にまたがり、長さは2,200マイル(3,540 km)ある。, 1852 ハリエット・ビーチャー・ストウ(1811-1896)が『アンクル=トムの小屋』を発表, 1854 カンザス=ネブラスカ法(英: Kansas-Nebraska Act) 中産階級こそアメリカの社会・文化の支配者であり、中産階級的な価値観や生活様式を伝授する場としての近代家族は、「中産階級の『揺籃』」であり、「中産階級の形成は女性の仕事」とされた。「19世紀アメリカにおいて形成された『アメリカ文化』『アメリカ国民』は、ジェンダー化された家族において女性が創り出したということにもなるだろう*9 」。, アメリカでは、異質なものを排除するために、生殖への介入が正当化された。白人と黒人の性交渉と結婚は、1913年には32州で禁止されていた* 10。一部の犯罪者の生殖能力は奪われた。移民は制限された。優生学は均質な中流白人家族を守り、そのさらなる発展をはかるための学問であり、学問の実践が優生法制である。 ①アメリカの「自由」とは宗教自由の意味であり、移民国家としての多元性が共通の価値を生み出しにくい結果、自然科学的見解が共通価値の代用物となりえた。「自然科学的な人間解釈がとりわけ貴ばれる傾向があり、進化論に立脚して人間改造をめざす優生学プログラムは、宗教的義務に近いものと一部で受けとられた*3 」。そのさい当然視されたのは、建国民族たるアングロ・サクソンの民族的優秀性である。 1868年の修正第14条(合衆国で生まれた(または帰化した)すべての者に公民権を与えるとし、「法の平等保護条項」(イコール・プロテクション)を保障した) 1870年の修正第15条(アフリカ系アメリカ人(男性のみ)に投票権を与えた), 1867 南部再建法成立 1892年6月7日、プレッシーは東ルイジアナ鉄道の白人専用と指定された車両に乗車した。プレッシーは8分の1アフリカンアメリカンの血で、8分 の7はヨーローッパ系白人の血だったため、見た目は白人であったが、ルイジアナ州法の下ではアフリカ系アメリカ人として分類され、「有色 (Colored)」車両に座らなければならなかった。彼は車両を移動することを拒否し、捕らえられ投獄された。 *2  米本他[2000]『優生学と人間社会』37頁。 【判例集】163 U.S. 537; 16 S. Ct. 1138; 41 L. Ed. アメリカ合衆国でカンザス準州とネブラスカ準州を創設して新しい土地を開放し、1820年のミズーリ協定を撤廃し、2つの準州開拓者達がその領域内で奴隷制を認めるかどうかは自分達で決めることを認めた法律。, “Reynolds’s Political Map of the United States” (1856) 奴隷州(灰色)、自由州(桃色)およびアメリカ合衆国領土(緑色)を示す。カンザスは中央の白色の地域である。. Copyright © 比較ジェンダー史研究会 All Rights Reserved. 256; 1896 U.S. LEXIS 3390, 【事件の概要】 <⑦日常生活の変化~繁栄の時代> 19世紀末になると、電気が実用化され、日常生活に決定的な変化をあたえはじめました。アメリカの発明家エディソンによる、白熱電球、映写機など数々の発明・商品化。ベルによる電話の開発、自動車などがあります。 19世紀半ばにPutnum'sは,「 アメリカの理想的女性」とい う記事で「家事は女性の名誉であり,誇 りである」と強調し5),南北戦争後 ふえていく女性の労働参加にたいして,「『労働者』としての女性は近代の しかし、60年代にはまだ反断種運動は組織化されず、1974年にようやく断種ガイドラインが断種に関するインフォームド・コンセントを定義した。しかし、ガイドライン策定まで、性的非行を犯した貧困な少年少女や刑務所に収監された性犯罪者に対して強制断種は当然のようにおこなわれていた。1970年代前半で230万件の女性断種が実施されたが、対象者はヒスパニック系や黒人に偏り、彼女たちに十分な説明をせずに子宮摘出をおこなっていたことも明らかにされた*16 。人種差別的な優生断種が合法的におこなわれていたのである。, (注) レコンストラクション(Reconstruction「再建」)とは、アメリカ南北戦争によりアメリカ連合国と奴隷制システムが崩壊した後の問題を解決しようとする、1863年(または1865年) から1877年までの過程を意味するアメリカ合衆国史の用語。レコンストラクションの間、連邦政府は南部諸州の合衆国への復帰と、元連合国の指導者たちの地位の回復に取り組んだが、解放されたアフリカ系アメリカ人(自由黒人) の法的、政治的、経済的、社会的なシステムでの、恒久的な平等の実現には失敗した。, 1876 ジム・クロウ法の成立(1876年から1964年にかけて存在したアメリカ合衆国南部の州法) カリフォルニア州断種法は、1909年に成立した。アメリカで3番目の断種法である。1920年代には、カリフォルニア州断種法は、その実施件数の多さゆえに国内外で大きな注目を浴びるようになっており、ナチス断種法の重要なモデルとなる*13 。 1896年、プレッシーはアメリカ合衆国連邦最高裁に上告した。 *15   荻野『生殖の政治学』146頁以下。 ②アメリカには開拓にともなう自助とプラグマティズムの伝統があり、知識を実践に活用する傾向が強い*4 。農業国ならではの育種研究の発展は、優生学の基礎を提供した*5 。アメリカ優生学の中心となったダヴェンポートは、中流以上の白人家族を守るために優生学を利用した。優生学は、黒人と移民を排斥するための「科学」となる。, 19世紀に、アメリカはアングロ・サクソン系の中流白人家族を社会の基礎とする社会を構築する。家父長たる男性は互いに対等であり、同様の価値観を共有して勤勉で自助精神に満ち、家族は一体となって共和国のために貢献する。それは、黒人や下層民、犯罪者などの異質な部分を排除してはじめて安定的に維持される均質な共同体社会であった。男女の役割は交換不可能で、女性には次世代市民の母となることが義務づけられた。次世代市民の「質」の確保は母の責任であるとともに、一元的な共和国全体の義務とされたのである。 Copyright © 比較ジェンダー史研究会 All Rights Reserved. 11-6.南北戦争と奴隷解放ー黒人女性への二重差別【年表:19世紀アメリカ】掲載:2015-12-21【略年表:19世紀アメリカ】※青字はインディアン関係1789-1797 初代大統領ワシントン1797-1801 第2代大統領J.アダムズ1801-1809 第3代大統領ジェファソン1808 奴隷貿易禁止法発効1817-1825 第5代大統領 … *4  米本他[2000]『優生学と人間社会』17頁以下。 1865年の修正第13条(奴隷制度の廃止) *8  有賀[1998]277頁。 彼の裁判、プレッシー対ルイジアナ州の法廷で、彼は東ルイジアナ鉄道は修正第13条と第14条の下での彼の憲法上の権利を拒否したと主張した。しかしながら、この事件を統括するマサチューセッツ 州のジョン・ハワード・ファーガソン裁判官は、州境内で運営されている限りは、ルイジアナ州には鉄道会社を規制する権限があると裁決した。そしてプレッ シーは、人種分離法への違反のために、当時で25ドルの罰金を課せられたのである。
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