[T-3279], イラン中部 ヴェラミン地方のダイニングソフレ遊牧毛部族のシャーサバン族やアフシャール族が暮らすイラン中央部のヴェラミン地方で織られた食事用の敷物(ソフレ) 中央部には撥水性の高いラクダ毛が使われ、回り…, シャーセバン キリム マフラシュ表皮 New York: St. Martin‘s Press. (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 昔と今の子育て論はここまで違う!さいたま市発行の「孫育てのための祖父母手帳」が秀逸, 日本人にはなかなか馴染みのない「モスク」とはイスラム教の礼拝堂のことを意味する。原則として異教徒がモスクの内部に入ることは禁止されているため、その美しい装飾を目にする機会はほとんどない。この記事では、鏡で幾何学模様の細工を凝らしたイランにある「シャー・チェラーグ廟」の写真をご紹介したい。, 「すしざんまいの社長がソマリアの海賊を壊滅させた武勇伝はインチキ」 ノンフィクション作家が指摘. シャー・チェラーグ廟とはイラン南西部にある都市・シーラーズの中心部に位置する霊廟のこと。イスラム教シーア派の聖地です。835年にシーラーズで殉職したイマーム(指導者)レザーの弟、シャー・ … 2007/10/24 Bialer, Uri. イランの次の王朝、カージャール朝、パフレヴィー朝でも国王はシャーを称し、パフレヴィー朝では「皇帝」とも訳す。 現在のイランは1979年の イラン革命 によって イラン=イスラーム共和国 となったのでシャーは存在しない。 [T-502], イラン北西部 シャーセバン族 キリム(敷物)イラン北西部のモーガン山脈〜サヴァラン高原地域を移動生活していた、遊牧シャーセバン族の綴れ織り。色彩、文様ともにこれこそシャーセバンと言えるような典型的シャ…, シャーセバン キリム [TB-1986], イラン西部シャーセバン族のマフラシュ表皮(布団袋) キリム(つづれ織り)アゼルバイジャン〜ダゲスタンから北イランのモーガン山周辺の山岳地帯と高原地帯をテリトリーに遊牧生活をするのがシャーサ…, ガズヴィンキリム イスラム建築は中東諸国などでたくさん見られますが、イランのそれは美術的、技術的に大変優れていると言われています。その中でも感動を呼び起こす寺院10選をご紹介します。, ここは約150年ほど前、当時シラーズを治めていた貴族の寺院として建てられました。バラやあやめの花が咲き誇るタイル模様は見る人の目を楽しませてくれます。このころからピンクや赤がタイルに使われるようになったことから別名ピンクモスクと呼ばれています。, 1979年イラン革命前はシャー(王)モスクと呼ばれていました。 イラン特有の建築様式として、中央には池が設置されています。 8- ゴーハルシャード モスク (マシャハド) 15世紀、モンゴル系王朝時代に建てられた、ターコイズブルーのドームが美しいモスクです。 [T−995], イラン北西部 シャーセバン族 マフラシュ 布団袋の表皮テント内では布団や毛布などの収納として、移動の際にはラクダのこぶの両側に振り分けて荷物を入れる大型のバックとなるマフラシュ。欧米ではベビークレード…, シャーサバン キリム シャーとは王様 サバン=サバンは使える者 アゼルバイジャン〜ダゲスタンから北イランのモーガン山周辺の山岳地帯と高原地帯をテリトリーに遊牧生活をするのがシャーサバン族です。 [t-744], イラン 北西部 ガズヴィン地方 キリム(綴れ織り)イランを代表するキリムの産地のひとつがガズヴィンで、半定住したシャーセバン族が綴れ織りの敷物用のキリムを多く織っいます。イラン北西部のアゼルバイジャン…, シャーセバン ビジャーキリム ▼なんて美しいんだ…。このモスクは霊廟として835年に殉教したセイイェド・ミール・アフマドを祀っている。, ▼豪華な装飾が全面に施されているのに、不思議と敬虔な気持ちになる。緑色もまた綺麗。, ▼「聖なる場所」として乱反射した光で内部から輝いているように見える。建築には相当お金がかかっていそう…。, ▼異教徒は内部に入れないが、門番に頼めば入れる場合もあるとのこと。駄目元でも交渉してみる価値はあるかもしれない。, イスラム教では偶像崇拝が厳格に禁止されていることから幾何学模様の装飾文化が花開いた。こちらのモスクがあるシーラーズだけでなく、イスラム王朝下のイランは経済・政治・文化などあらゆる面で繁栄を極め、今でも多くの美しい建築物が残っている。当時の首都は「イスファハンは世界の半分」と称えられるほど人と富を集めたといわれている。一度この目で見てみたいものだ。. ここは万華鏡の中?それとも宝石箱の世界?いいえ、こちらはイランにあるイスラム教シーア派の聖地である霊廟なんです!世にも珍しいキラキラと光り輝く室内。壁から天井にかけて、ガラスと鏡で埋め尽くされています!では早速この美しすぎる世界をご覧ください。, シャー・チェラーグ廟とはイラン南西部にある都市・シーラーズの中心部に位置する霊廟のこと。イスラム教シーア派の聖地です。835年にシーラーズで殉職したイマーム(指導者)レザーの弟、シャー・チェラーグ。彼のお墓があったところにシャー・チェラーグ廟が建てられました。, シャー・チェラーグ廟の最大の特徴は、内部のガラスモザイク。まるで万華鏡の中に入りこんだかのようなキラキラまばゆい世界になっていることです。しかし、聖廟は元来イスラム教徒のみが入れる場所。異教徒である私たちが入るには、「服装や言動などで無礼がないこと」「門番へ交渉」で入れることもあるそうです。写真撮影も本来は禁止なのですが、「神のご意思」によりOKをもらえることも!いずれにせよ、交渉してみる価値はありますね!なんといっても内部は息をするのも忘れてしまうほど美しいと言われている廟なのですから…。, 内部には信じられない光景が広がっていました!巨大なシャンデリアと壁から天井にかけて鏡のモザイクで埋め尽くされています!なんとキレイな世界…!シャー・チェラーグ廟はもともと普通の霊廟でしたが、芸術が大好きなタシ・カツンという女王が改修をしたときに内部をガラスと鏡張りにし、ほかに類を見ない驚きの眩さをもつ霊廟へと変貌したのでした。, シャー・チェラーグとはペルシャ語で「光の王」という意味です。その名にふさわしく、廟内部は外から差し込む光が反射しあってキラキラと輝いています。, モザイクガラスはその大きさも大小さまざまで、緑色、青色、黄色、赤色などのガラスのより装飾されています。違う大きさと違う色のモザイクガラスが配置されることで霊廟内はより一層輝きを増します。, イスラム教の信者たちが真剣にお祈りを捧げています。皆、シャー・チェラーグの棺桶に口づけをします。神聖な空間ですね。まるで時が止まったかのような静寂が空間を包みます。, 天井のモザイク画も緻密で美しいですね。イスラム圏の建築物はどれも美しいですが、シャー・チェラーグ廟の美しさは群を抜きます。, 夕暮れ時から夜にかけては外観がライトアップされ、昼とは違った美しさを醸し出しています。, いかがでしたか?グリーンのガラスと鏡で埋め尽くされた霊廟、シャー・チェラーグ廟。こんなにも眩くて美しい霊廟があるでしょうか?幻想的で夢のような世界が広がっています。私たち日本人には縁遠い場所だからこそ、ぜひ行ってみてほしい場所です。, 国内外問わず旅行によく行きます。 Ammann, Daniel (2009). 2007/11/15, ハマダーンからミニバスで3時間、ケルマンシャーに行きました。ケルマンシャーはクルド色がとても強く、そしてイラク国境に近いからか軍人の格好をした人が多く今まで回ったイランの町の中でも別の雰囲気をした町でした。中心地はこぢんまりしていて中心地にいれば観光地をまわるのに足の手配は便利だと思います。ターゲボスターンとビーソトゥーンを見るためだけに来たため1泊しかせず、時間がなかったため町の中はあまり散策しませんでした^^;, ホテルはガイドブック『地球の歩き方』にも載っていた「メエラージ」に宿泊。はじめ建物の中に入ったとき中の人から「外国人の泊まるような(良い)ホテルじゃないよ!ホテルを間違えているんじゃないかい?!」とビックリされました^^;たぶん外国人でしかも女の旅行者だったからでしょう^^;でもとても感じの良い方々でした。(入り口の広間?には地元のおじいちゃん達が 3〜4人くらい常時座っていて 世間話?をしているホテルでした)ちなみにこのホテルの斜め向かいに同じく長屋の建物の中にありながら新しそうなホテルがありました。(ホテルア−ザーディ?)メエラージホテルのホテルカードを帰ってくるときに迷子にならないようにともらったのですがなぜか写真がドバイの7つ星ホテルの外観。。。, ケルマンシャー名物のお菓子。このクッキー?を売るお店が多かったです。黄色いのはサフラン入り。白いのはサフランが入ってない物。サフラン入りのが高級品?なので少し高いです。(イランでのお菓子はなんでも サフラン入りのが高級品らしく 黄色に色づけされている物のが 白い物より少し高かった。)箱にはターゲボスターンの写真がプリントされていました。, ターゲボスターンの入場券売場。イランの観光遺跡の入り口にはだいたいこうして(光って見えにくくてすみません><)お土産物のミニチュア像が売っています。だいたい売っているのは同じ物なのですが人気のない物?は淘汰されるようで偶に1点物があります。欲しかったら見つけたときに買うのがベストかも。ちなみにミニチュア、テヘラン市内などで買うよりはこのような遺跡入口で買った方が安いと思います。(ただし私が値段を聞いたのは ハマダーンとここケルマンシャーだけなので エスファハーンなどの大きな観光地の値段は 分かりません^^;)補足ですが(前にも書いたかな?)イランの遺跡には必ず文化庁の人がおられその方の手が空いていれば、頼めば気軽に無料で遺跡案内をしてくださいます。世界遺産くらいになると遺跡案内のための観光学を勉強された方がおられる場所もあります。ただし英語が出来るかどうかは分かりません。。。, ターゲボスターンの一番右端のレリーフ。アフラマズダ(善の神)と時の王・アルデシール2世の図(戴冠式)。両者の足の下に横たわっているのは戦の敗者であるローマ皇帝です。大昔前のものがこんなにキレイに残っているとは!シーラーズに行ったときに見たナグシェ・ラジャブのレリーフにも感動しましたがこちらもキレイです!しかも同じササン朝期の遺跡が、距離にしてかなーーーり離れている場所で見られるとは。。。高校時代世界史で学んだので頭の中では、ササン朝ペルシアが巨大帝国だとは分かっていたのですが、実際にこうして離れた場所のレリーフを見ると、実感がわいてきます。, ターゲボスターン3つ目の一番大きなレリーフ。2つ目のレリーフの写真をとりのがしましたorz実はこのとき、フィルムカメラも持っていたのですがその調子が悪くなり、ベンチに座ってカメラをいじくり回していたので、てっきりフィルムカメラに納めていたと思っていたのですが・・・デジカメにもフィルムカメラにもなく(T_T)右上の天使のレリーフは吉祥天のモデルと言われています。シルクロードを感じます。, ちょっと影になって見えにくいですが左上に色づけされたレリーフがあります。これ、ガージャール朝(近年の王朝)の権力者が自分の権威を示すためにわざわざ古い(ササン朝)レリーフの上から彫った物です。モッタイネー!!!ササン朝はイスラム国家ではなかったのでイスラム国家の権威づけでもあったのでしょうか。ちなみにこのターゲボスターンのレリーフには全て柵がしてあったのですがよく見ると全部落書きだらけorz特にこの一番大きいのはひどかった><ペルセポリスと同じくらいいろんな国の言葉で落書きが彫られています^^;私達は文化庁の人に説明を受けている流れで?!柵の中に入れてもらえましたが(今思えば中に入れてもらっている間写真を撮れば良かった>< なんか遠慮をしてカメラを出せなかった^^;)その様子を見て、後からこっそり入っていた人は怒られてました^^;でもあの柵、とっても軽く、簡易で設置されているので、簡単に持ち上げて移動させることが出来る物だった・・・。, 説明員さんがいなくても、遺跡の内容が分かるようにターゲボスターンには説明書きが1つ1つありました。今まで見てきた中で説明書きがきちんとキレイについている遺跡とそうでない遺跡があったのですが管理する自治体の問題なのかな???^^;, 入り口からレリーフのある場所までの間に広がる広場。出土品が飾られています。ターゲボスターンには泉があり、緑が多かったです。なので昔から動物が多かったので王達の狩りをするための別荘地だったそうです。そのためこのようなレリーフがあるのだとか。, この柱の頭は、ルーブル美術館が1億出して買うとまで言ったシロモノらしいです。それでも売らなかったと、誇り高く説明してくださいましたが外国の美術館が1億出して買うと言った物をポンと外に置いてあるというのが何だか日本から来た私には???でした(笑)その話は別としてもとてもレリーフがキレイです。(この裏側にも絵があり)これ以外に他にもこのような柱の頭が陳列されていました。, 入り口横に置かれていたバビロニア(イラク)のレリーフの型。ここの研究員さん(説明してくださった方)もイラク戦争から今のイラク国内混乱でイラク内の遺跡は壊滅的だと残念そうでした。, お昼を、遺跡前にあるたくさんのレストランの中から客引きを唯一していなかったレストラン(笑)で食べました^^;;;他のレストランは木々の中で広々と食べられるようになっていましたがここはどうやら普通の地元の人が食べに来るところの様子。警察官や地元の人がテイクアウトでシシカバブを買って帰っていました。外国人が来たので、お店の人が少し慌てていましたが隣のレストランの人や近所の人?お客さん?まで寄ってきて具体的に食材を取り出して一つ一つ丁寧に注文を聞いてくれました^^;;;友達がペルシア語を話せるのでとても驚いていましたがそのせいか、周りの方がずっとペルシア語で話していました。友達がクルド語で(普段通りに)話してみて欲しいと言うとクルド語を話してくれて友達は全く分からないと言ってました(笑)(私はもちろんどちらも分かりませんが^^;)クルド同士で話すとき、ペルシア人と話すとき、両方が混じるとき、で言葉を使い分けているそうです。大変だ><;;;;, 昼から世界遺産ビーソトゥーンに行きました。この写真はビーソトゥーンの遺跡で一番最初に目に付くレリーフ。と言っても本来のレリーフの上にサファヴィー朝の権力者(商いをする人だったかな)が近くのキャラバンサライ建設ウンヌンのために権力誇示で上から碑文を彫っちゃってます><モッタイネー。これもまたターゲボスターンのと同じで古い物の上に記すことで権力を誇示しているのかゾロアスター教国家に対するイスラム国家の考え方なのか。。。昨日ハマダーンからケルマンシャーに来るとき乗ったミニバスを逆ルートで乗り、遺跡のところで降ろしてもらいました。(ってかちょっと通り過ぎたけど^^;)ビーソトゥーンは村の名前だそうで”遺跡の前 ”と言わないと村の入り口で降ろされちょっと歩かなければいけません><;;;私達は、他の乗客の方々はがそのことに気づいてくれて運転手さんに叫んでくれたため、遺跡の入り口から少し過ぎているけど、村まで行っていない所で降りられました。でも帰りのミニバスを探すときも私達が降りた場所まで案内されたのでちゃんとした停留場所なのかも???もしそこがちゃんとした停留場所なら降りた場所から少し山手の方に歩き、車の入り口のようなところを入って山沿いをケルマンシャー方面にしばらく歩かないと遺跡まで行けません^^;(なので降ろされたとき、方向がわからず かなり迷って逆方向に歩いたりしてました), アケメネス朝以前の先史時代の居住地跡だそうです。ここビーソトゥーンは、目に見える形での遺跡・遺物は正直、世界遺産として考えると「え?これだけ???」と思ってしまうのですがどうやらこの周辺一帯がアケメネス朝以前・先史時代からの遺跡を下に持っていると聞きなるほどと納得しました。この居住跡の周りは荒れ地が広がっているようにしか見えないのですが”この下には大きな古代都市があります ”(一般に見えるようには掘り下げてない・・・)とか”あそこは神殿跡とされてます ”(普通に見ると景色の一角として 山の斜面の突起物に見える。)という説明を聞くと、大きな古代のロマンを感じずにはいられませんでした。でも見た目は・・・何もない荒れ地と岩山ですが^^;場所は先ほどの碑文を上から彫られたレリーフがある場所の右側一帯です。そう考えると、ミニバスで降りた場所からすぐ近くにある車の入り口から、ずーーーっともしかして遺跡なのかな???ちなみに、上記を見ても分かるとおり、ここでも文化庁の人に案内をしてもらいました^^;(入場券発行場所も 入り口にあたるものもないので (なのでもちろん入場無料) 文化局がどこにあるか分からず フラフラしていたのですが 友達が探してきてくれました。)ここの文化庁の方は、考古学や歴史学を学んだ方ではなく観光学を大学で学んだ人でした。そのため私がフラフラしている間ドイツ人団体観光客とすれ違ったのですがそのドイツ人団体観光客に説明員としてついてまわっていたと言われました。(なのでその方に 立て続けに説明をさせることになってしまった^^;), ビーソトゥーンの中で一番有名なダレイオス1世のレリーフを見るために山の中腹まで登って見た景色。夕方なので暗いですが・・・下方に見えるのは”王の道 ”です!王の道を実際に歩いているんだと感動しながら歩いていましたw(と言っても普通の小道なんですが^^;)ちなみにダレイオス1世のレリーフはとっても高い位置にあるので中腹まで登っても私のヘボデジカメでは小さくしか写すことが出きずデジカメでの撮影はあきらめました><;;;その代わり望遠フィルムカメラには納めましたがwダレイオス1世のレリーフは崖に刻まれているので誰がどうやって???と不思議に思います。シーラーズに行ったときに見たナグシェロスタムにあるダレイオス1世や他の王のお墓も、どでかくてかつ高い位置にあるので同じ思いをしましたが。昔の人の技術には圧倒されます。レリーフ修復などのためにレリーフ近くまで階段がもうけられてますが一般人がその階段をあがることは出来ません。, ビーソトゥーンの石切場の向かいほどに今発掘中?のイルハン朝期の遺跡があります。その近くに、いろんな土器や陶磁器の破片が。。。説明員さん曰く、各地で見つかって、でも細かすぎて識別出来ない破片を学者が集めてここに持ってきたままうち捨てられているそうです^^;判別できないガラクタとは言え、昔の物だと思えば違った印象を持つので写真を撮ると、「欲しかったら持って行っても良いよ。」と言われました!まぁ、もうすでに研究対象になっていないゴミなんでしょうけど^^;, 山側に向かって、ビーソトゥーン遺跡の左側にある差ファビー朝期のキャラバンサライ跡。今、改装工事中でホテルになるそうです。世界遺産の力ってすごいなぁ(爆)しかしこのキャラバンサライ跡、ホテルにすると決まる前は麻薬中毒者の独房として使われていたそうです^^;;;説明員さん曰く「この国の文化財に対する扱いとは こういう感じですよ。」と(苦笑)たくさん遺跡がありすぎるからでしょうか^^;, さきほどのキャラバンサライ横にある建物。こちらは今も麻薬中毒者の独房(爆)ホント、同じ敷地にあると言っても良いくらい隣り合ってます^^;一応周りには有刺鉄線がはられていてキャラバンサライも有刺鉄線の柵内にあるのですがホテル工事のため、ビーソトゥーン側の有刺鉄線は崩れて、柵がところどころしか見えない状態になってます。しかし・・・この環境下で高級ホテルにすることが出来るのかしら???, ケルマンシャーからテヘランまで夜行バスで帰ることに。この写真はバスターミナルの建物の一部屋、私達が乗るバス会社の待合室です。イラン国内の大きくて有名なバス会社のバスに乗る予定が違う会社でした^^;名前がすごく似ていて客引きのお兄さんに名前を確認してもうなずくのでてっきり・・・^^;乗り場がちょっと人の群がっている場所とは違って、少し閑散としたバス会社の並びにあったため???とは思ったのですが名前で信頼し、かつチケットにも”VOLVO”とあったので(ハマダーンの時にも書きましたが ボルボ社製という意味ではなく VIPバスという意味で書いてます)思っていたバス会社だと信じてました。が、人が群がっているバス会社の並びで友達が、当初探していたバス会社のロゴを見つけ悔しがっていました(笑)なんか文字の発音を聞いていると最後の音を伸ばすか伸ばさないかだけの違いの会社名だったようで・・・^^;でも受付の人は珍しく?若い女の人でキッチリとしていたし、心配していたバスの機体もきちんと”VOLVO ”と書かれてキレイでしたwちなみに、バスターミナルの建物はコの字型になっていて南側に有名バス会社が連なっているようです。南側の乗り場には人がたくさん集まっています。その横側もバス会社の待合室で(私達はそっち)北側はレストランとお土産物屋さんになっていました。ハマダーンやビーソトゥーンへ行くためのミニバスはこの長距離大型バスターミナルと同じ敷地の中にあるミニバスターミナルから乗れます。(長距離バスターミナルの南側), たまたま2種類のお葬式連絡が貼られていたのでここで紹介^^;左側は顔写真が載っているので男性が亡くなったということ。右側は顔もなく、文字だけなので、女性が亡くなったということ。人が亡くなったとき、それを知らせるのにこのような紙を町中に貼るようで今まで見てきた町でいくつも見てきました。(ってかホントにたくさん貼ってある!)男の人は顔が載せられるけど女の人は載せられないってイスラム社会的なモノなのでしょうけどなんか寂しいなぁ〜・・・もしくは女性は美しいときの顔でなければ載せたら本人も傷つくから載せないとか?!(爆), このバスでテヘランまで帰りました。出発予定時間より40分くらい出発遅れましたが^^;テヘランまでだいたい8時間くらいだったでしょうか。就寝時間になるまでは映画がバスの中で流れていました。何故かインド映画^^;;;言葉が分からないながらも、映像だけでストーリーを推測して見ていました。が、途中でプツプツ映像が切れたり再び同じシーンに戻ったり^^;時間が掛かりつつも一応終わりまで見ることは出来ましたが。テヘランには朝日がのぼらないうちに付きました。(朝5時過ぎ?)行きにハマダーン行きのバスに乗ったのと同じバスターミナルでした。外は真っ暗でしたが、たくさんのバスが往来するので、人もたくさんいるし車も、そしてタクシーもたくさんありました。, 利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
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