オバマ米大統領が10日にオスロのノーベル平和賞授賞式で行った記念演説に対し、米メディアでは「大ヒット作品」(ロサンゼルス・タイムズ)、「雄弁に持論を展開した」(ニューヨーク・タイムズ)などと、おおむね好意的な反響が目立った。 プラハ演説(プラハえんぜつ)とは、2009年4月5日、チェコの首都プラハのフラチャニ広場(チェコ語版)にてアメリカ合衆国大統領バラク・オバマが核廃絶へ具体的な目標を示した演説である。, 米国とEUの初の首脳会議のためチェコを訪れたオバマ大統領は、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として行動する道義的責任があるとして、米国が先頭に立ち、核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意を明言した[1]。, 本演説と「核なき世界」に向けた国際社会への働きかけ(原文:"a world without nuclear weapons")が評価され、オバマは2009年10月9日にノーベル平和賞を受賞した。, 第171回国会において2009年6月16日に衆議院で、6月17日に参議院で「核兵器廃絶に向けた取り組みの強化を求める決議」を全会一致で可決し、麻生太郎内閣総理大臣も核保有国当事者による核軍縮声明を肯定的な評価をのべた[2]。 「なので確かに、戦争のための道具には、平和を守るための役割があります。しかしその真実の横には、いかに正当な戦争であっても、戦争は人間に悲劇をもたらすのだという真実も、常に並存しているのです。兵士の果敢な犠牲は、国への献身、大儀への献身、戦友たちへの献身に溢れ、栄光に充ち満ちています。しかし戦争そのものに決して栄光などなく、決して戦争をそのように持ち上げてはなりません」 Copyright © CyberAgent, Inc. All Rights Reserved.  私はカブールを訪れるたび、このキャンプに足を運んでいる。治安の悪化で取材活動にも命の危険が伴う今のアフガンで、戦争被害者から直接話を聞ける数少ない場所の一つだからだ。 http://www.flickr.com/photos/aktivioslo/4174350023/, http://news.goo.ne.jp/article/newsengm/world/newsengm-20091211-01.html. しかし、アメリカのメディアには概ね好評だったようです。 new! 「武力が必要な場合、私たちは一定の行動規範で自分たちを縛らなくてはなりません。それは道徳的な要請、かつ戦略的な要請です。何のルールにも従わない凶悪な敵と対決する時でさえ、アメリカ合衆国は、戦争遂行のふるまいにおいて世界の手本にならなくてはならないと考えます。それこそが自分たちと敵を分け隔てるものなのだと。それこそが私たちの力の源泉なのだと。」 “日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。”(日本国憲法前文)とする日本の立場から「正しい戦争」について云々する見識は持ち合わせていませんが、平和と戦争の関係について国家の最高責任者として真摯に自問する姿勢は十分に感じられます。 オバマ大統領本人の人気が欧州など外国で高く、アメリカ国内で低調なのとは逆の傾向です。  キャンプには、米軍と反米武装勢力タリバンとの激戦が続くカンダハル、ヘルマンドなど南部州から逃れてきた約1万人が暮らしており、戦争の長期化で避難民は増え続けている。タリバン発祥の南部州には、今でもタリバンのシンパが多く、家族や親類にタリバンと関係のない人を探す方が難しい。そんな地域から来て空爆などの被害を訴える人たちの言い分を、国際支援が集中して復興が進むカブールでは、軽視する風潮が少なからずある。 非暴力の理想だけでは守れないものがあり、ときに「正しい戦争」が必要だとする“現実”を訴えるオバマ大統領の主張は、スルスルと耳を通っていくものがありますが、その「正しい戦争」が必要とされたサダム・フセイン政権やアルカイダの脅威がいかなるものだったのか、その「正しい戦争」によって現地でもたらされたものがなんだったのかという、もうひとつの“現実”にも冷静に目を向ける必要があります。 (オスロのノーベル平和賞授賞式でスピーチするオバマ大統領 “flickr”より By aktivioslo ****「大ヒット作品」「雄弁」=平和賞演説に好意的反響-米***** ノルウェー・ノーベル賞委員会は、2009年の平和賞をバラク・オバマ米大統領に授与することを決定した。そして、ノーベル平和賞授賞式が12月10日、ノルウェー・オスロの市庁舎で行われた。 1 オバマ大統領ノーベル賞受賞演説から. *******************************, オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説 「正しい戦争(Just War)」 | 碧空. 大気汚染悪化都市で花火禁止 印 そればかりか、国家間の戦争は国家内の戦争に急速に取って代わられつつある。民族間・宗派間の紛争の復活、分離独立運動や反乱、破綻国家の増加――これらはいずれも文民を急速に終わりなき混乱へと陥れている。今日の戦争では、兵士より文民の方が多く殺害される。将来の紛争の種が蒔かれ、経済は破綻し、市民社会はずたずたに引き裂かれ、難民は増加し、児童は傷付いている。, 私は本日、戦争を巡る諸問題に対する明確な解決策を用意していない。私が知っているのは、これらの課題に対処するには、数十年前に大胆に行動した人々と同様の、展望や勤勉性や忍耐を要するということである。同時にそれは、正当な戦争という観念と、正当な平和(の実現)という急務に関する新たな方策を、我々に求めるのである。, 我々は、暴力的紛争を我々の存命中に根絶することはできないという、厳しい真実を認識することから始めねばならない。諸国が――単独行動か共同行動かを問わず――、武力行使が必要であるばかりか、道義的に正当化されると考える時もあろう。, 私は、遥か以前にマーティン・ルーサー・キング・ジュニアがこの同じ式典で語ったことを心に留めつつ、この声明を為している。彼は語った。「暴力は決して恒久平和をもたらさない。それは何らの社会問題をも解決しない。それは単に新たな、より複雑な問題を生み出すのみである」と。キング牧師の畢生の仕事の直接的結果としてここに立っている私は、非暴力という道義的な力の生き証人である。私は承知している。ガンディーとキングの信条と人生には、弱いものも、消極的なものも、浅はかな[17]ものもないということを。, だが、自国を保護し擁護すると宣誓した[18]国家元首である私は、彼らの先例のみに倣う訳にはゆかない。私は現実の世界と対峙しており、米国民に対する脅威に直面しながら傍観する訳にはゆかない。何故ならば、誤解なきように言えば、世界には確かに悪が存在するのである。非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アル・カーイダの指導者らに武器を放棄させられない。時として武力が必要だと語ることは、諦観ではない――それは過去を、即ち人間の不完全性や理性の限界を、認識することなのである。, 私はこの点を提起し、この点から始めたい。何故ならば、如何なる理由であれ、多くの国々には今日、軍事行動に関する深い葛藤があるからである。時として、これは唯一の軍事的超大国たる米国への反射的な疑念を伴う。, だが、世界は思い出さねばならない。第二次大戦後の世界に安定をもたらしたのは、ひとり国際機関のみではない――単に条約や宣言だけではない――ということを。アメリカ合衆国は60年以上に亙り、自国民の血と軍事力とによって、全世界の安全を保障するのを助けてきた。我々が如何なる過ちも犯したとしても、これは明白な事実なのである。米兵の奉仕と犠牲は、ドイツから韓国に至るまでの平和と繁栄を促進し、バルカンのような地に民主主義が根付くのを可能にしてきた。我々がこうした重荷に耐えてきたのは、己の意思を強制したいが故ではない。賢明なる自己利益のために、そうしてきたのである――子孫のため、より良い未来を求めるが故であり、他国の子孫が自由と繁栄の中で生きられれば、彼ら(=我々の子孫)の暮らしもより良くなるであろうと信ずるが故である。, 故に、戦争という手段は、平和を維持する上で役割を確かに有するのである。しかしこの真実は、また別の真実――如何に正当化されようとも、戦争は人類に悲劇を約束するという真実――を伴わざるを得ない。兵士の勇気と犠牲は栄光に満ち、国家や大義や戦友への献身を示している。だが、戦争自体は決して輝かしくはないし、我々は決してそのように持ち上げてはならないのである。, 故に、我々の課題の1つは、一見相反するこれら2つの真実――戦争は時として必要であり、また戦争はある程度において人間の愚かさの発露であるという真実――を調和させることである。具体的には、かつてケネディ大統領が訴えた課題に努力を振り向けねばならない。彼は語った。「人の本性の急激な変革にではなく、人の(作る)諸制度の漸進的進化に基づいた、より実際的かつ実現可能な平和に焦点を当てようではないか」と。. バイデン氏 コロナ対策本部発足 オバマ大統領は現在の心中について、「我々は戦争を戦っている最中です。そして私は、何千人もの若いアメリカ人を遠い国の戦地に派遣する、その責任を負っています。私が戦地に送る若いアメリカ人の何人かは人を殺すでしょうし、何人かは殺されるでしょう」「なので私は、武力紛争の代償について深く感じ入りながら、ここへ参りました。戦争と平和の関係、そして一方でもう片方を置き換えるためにどれほど努力しなくてはならないのか、そういう難問でいっぱいになりながら、私はここへやってきたのです」と語っています。 オバマ氏らしいきっぱりした曖昧さ こんなに物議をかもしたノーベル平和賞は珍しいというくらいの平和賞を受賞し、オバマ氏は、受賞演説で「Just War(正当な戦争、正義の戦争)」という言葉を繰り返 …  パキスタン北西部の部族支配地域で続く米軍の無人機によるミサイル攻撃は、オバマ政権発足後に強化された。民家をまるごと破壊する攻撃スタイルに、市民の命への配慮はまったくない。米紙は、オバマ氏が南西部バルチスタン州にもミサイル攻撃を拡大すると報じている。 銀行振り込みあり ※詳細はソフトをダウンロード後、ご確認ください。 ユーザーの評価(0 人): 0 コメント: 0 この受賞演説については多くの論評のあるところですが、“オバマ氏が語る「正しい戦争と正しい平和」 大量破壊兵器を作った男の平和賞を受賞して(gooニュース 加藤祐子)”  先月、ヘラート州の現場を再訪した。破壊された16軒の民家は再建されずに放置され、住民たちは米軍への憎悪に加え、米国の支援を得てきたカルザイ政権への反感をたぎらせていた。空爆で4歳の娘を含む家族12人を一度に失った警察官は、屋根の抜けた自宅跡地で涙を流し、「世界は(オバマ氏の)ノーベル平和賞をどう見ているのか」と私に問いかけた。  「頼むから聞いてくれ」。11月上旬、アフガンの首都カブール郊外にある国内避難民キャンプで、避難民たちが空爆で犠牲となった家族の遺体の写真を手に集まってきた。写真には、血だらけで地面に横たわる幼子らの姿がある。 「自分たちの理想を守るために戦っているのに、その戦いにおいて自分たちの理想を曲げてしまっては、自分自身を失うことになります。理想を掲げるのが楽な時だけそうするのではなく、そうするのが辛い時に掲げてこそ、自分たちの理想を守ることになります」 (http://news.goo.ne.jp/article/newsengm/world/newsengm-20091211-01.html ****記者の目:オバマ氏の「平和賞」不快 栗田慎一***** いささか旧聞に属する話となってしまいましたが、アメリカ・オバマ大統領は10日、オスロでノーベル平和賞を受賞し、その授賞式で「平和の理想」と「戦争の現実」とのはざまで、平和を希求しながらも「正しい戦争(Just War)」を戦う苦悩を吐露しました。 また、理想を求める正しい戦争における規範・自制についても語っています。 I refuse to accept the idea that the 'isness' of man's present nature makes him morally incapable of reaching up for the eternal 'oughtness' that forever confronts him.  しかし、戦禍に苦しむアフガン人への配慮もメッセージもなく、8年で市民数万人が命を失った現実に何の感想もなかった。ブッシュ前大統領と同様に、アフガン戦争の原点となった01年のニューヨークでの米同時多発テロの犠牲者数などに触れ、軍事作戦継続の必要性を訴えた。 その実際的手順とは何であろうか? バラク・オバマのノーベル賞受賞演説 作者:バラク・オバマ訳:利用者:Lombroso2009年, 国王[1]王妃[2]両陛下、王太子[3]王太子妃[4]両殿下、ノルウェーのノーベル委員会委員諸君、米国民諸君、そして世界の市民諸君よ。, 私はこの栄誉を、深い感謝と大いなる謙虚さをもってお受けする。これは、我々の高い志――どんな蛮行や苦難が我々の世界にあろうとも、我々は単なる運命の虜囚ではないという志――を示す賞である。我々の行動には意味があり、歴史を正義の方向へと向けることができるのである。, しかし私は、諸君の寛大な決定が少なからぬ論争を惹起したことを認めざるを得ない[5]。1つには、世界という舞台における私の仕事が始まったばかりで、終わっていないという理由がある。この賞を受けた歴史上の巨人ら――シュヴァイツァー[6]やキング[7]、マーシャル[8]やマンデラ[9]――と比べると、私の業績など微々たるものである。そして世界には、正義を求めて投獄され暴行される人々、(人民の)苦痛を緩和すべく人道組織で奮闘する人々、勇気と慈愛に満ちた静かな行動によって最も頑固な皮肉屋さえも動かす何百万もの無名の人々がいる。私は、これらの男女――名の知られた者もいるし、助けた相手以外には知られていない者もいるが――の方が私よりも遥かにこの名誉に相応しい、と考える人々に反論できない。, だが恐らくは、私の受賞を巡る最も深い問題は、私が2つの戦争の只中にある国家の軍最高司令官だという事実である。これらの戦争のうち、1つ[10]は終結しつつある。もう1つ[11]は米国が求めなかった紛争であり、我が国や全国家を更なる攻撃から防衛すべく、他の42ヶ国――ノルウェーを含む――が参加している。, 我々は今なお戦時下にあり、私は何千もの若き米国民を遠地での戦闘に派遣している責任を負っている。殺す者もいれば、殺される者もいよう。故に私は、武力紛争の代償に対する切なる思いを抱き――戦争と平和との関係や、戦争を平和に置き換える努力に関する難題を抱えて――ここに来たのである。, さて、これらの問いは新しいものではない。戦争は、如何なる形にせよ、最初の人類と共に現れた。歴史の黎明期には、その道義性は問われなかった。それは旱魃や疾病と同様、単なる事実に過ぎなかった――諸部族が、後には諸文明が権力を追求し相違を解決するための方法であった。, やがて、法体系による集団内での暴力の制御が図られ[12]、哲学者や聖職者、政治家らは戦争の破壊力を規制しようとした。「正当な戦争」なる概念が生まれ、「最終手段として、または自衛のために遂行されるか」、「行使される武力は適正であるか」、「可能な限り文民が暴力から回避されているか」といった一定の条件が満たされた時にのみ、戦争は正当化できるとされた。, 無論、歴史の大部分において、この「正当な戦争」という概念がほとんど守られなかったことはご承知の通りである。互いに殺し合う新たな方法を考え出す人類の能力は、外見の異なる人々や異なる神を信ずる人々に情けをかけない能力と同様、尽きることがなかった。軍隊間の戦争は、国家間の戦争――戦闘員と文民との区別が不明瞭になる総力戦――に取って代わられた。30年の間に、斯様な殺戮[13]が2度もこの大陸を飲み込んだ。そして、第三帝国と枢軸国の打倒という至上の大義があったとはいえ[14]、第二次世界大戦は、死亡した文民の総数が戦死した兵士の数を上回った戦争だったのである。, 斯様な破壊を契機に、そして核の時代の到来によって、勝者にとっても敗者にとっても、これ以上の世界大戦を防止する制度が必要であることが明らかになった。そして、国際連盟――ウッドロウ・ウィルソン[15]はこの構想によってこの賞(=ノーベル平和賞)を受賞した訳だが――を合衆国上院が拒否してから四半世紀後、米国は平和維持の構造を構築するに際して世界を主導した。平和維持の構造とは即ち、マーシャル・プランや国際連合であり、戦争遂行を抑制する機構であり、人権を擁護し、大量虐殺を防止し、最も危険な兵器を制限するための諸条約などである。, 多くの点で、これらの努力は成功した。確かに恐るべき戦争はあったし、蛮行も行われた。だが、第三次世界大戦は発生していない。歓喜に沸く群衆によって壁が破壊されたことにより、冷戦は終結した。商業は世界の大半を繋ぎ合わせた。数十億の人民が貧困から脱した。自由、民族自決、平等、そして法の支配といった理想は、もたつきながらも前進した。我々は、先人らの精神力と先見性との継承者であり、これは我が国が真に誇れる遺産である。, しかし、新世紀に入って10年が経過し、この古き構造は新たな脅威の重みで崩れつつある。世界が2つの核超大国[16]間の戦争の可能性に震えることはもはやないかもしれないが、(核の)拡散は破滅の危険性を増大させ得る。テロリズムは長きに亙り戦術であり続けたが、現代技術は、憤激した少数者が恐るべき規模で無辜の民を殺害することを可能にした。 (以上、上記【gooニュース 加藤祐子】より) 中国共産党機関紙・人民日報系の大衆紙・京華時報は「前脚で(アフガニスタンへの)増兵宣言、後ろ脚で平和賞受賞」との見出しを付け、受賞を皮肉っています。  アフガンを管轄に持つニューデリー支局に赴任したのは07年。昨年10月に市民90人以上が死亡した西部ヘラート州の空爆現場を訪ね、同じような被害が続く現実におののいた。家族を失って孤児となり、家族の肉片を拾い集めていた少年は、11歳とは思えない厳しい視線を投げかけた。 オバマ ノーベル平和賞演説/まるごと 聞き取りドリル 価格: 660円(手数料・税込) お支払い手続きへ進む その他のお支払い. 最後に、キング牧師やガンジーの非暴力主義の信念を“常に私たちの旅路を導く北極星でなくてはなりません”としたうえで、「この世に戦争はあるのだと理解しながらも、平和を求めて働くことはできる。私たちにはできます。それこそが人類の進歩の歴史なので。それこそが世界全ての希望なので。そして大きな課題に直面するこの時、それこそがこの地上における私たちの仕事なのです。」としています。 【辛いときに掲げてこそ、理想は守れる】 ロサンゼルス・タイムズ紙は11日付の社説で「在任期間が短く業績のないオバマ大統領にノーベル平和賞を授与するのは過ちだと今も考えているが、記念演説にはそれをほとんど帳消しにする価値があった」と指摘。演説は「大ヒット作品」で、「紛争や貧困、圧政を解決するための国際的決定を行う青写真にすべきだ」と絶賛した。  ノーベル賞委員会は、オバマ氏が米国を単独行動主義から国連中心の多国間外交の舞台に引き戻し、「よりよい未来に向けて人々に希望を与えた」と授賞理由を挙げた。しかし、戦禍に苦しむアフガンやパキスタンの人々に希望は見えない。今回の平和賞が、「オバマの戦争」を事実上是認する一方で、アフガンやパキスタンの人々の命を軽視する風潮に拍車をかけないかと、私は恐れている。(ニューデリー支局)【12月10日 毎日】 各国メディアの反応を見ると、ドイツのベルリナー・ツァイトゥング紙は、“オバマ大統領が核兵器のない世界など、平和を訴える内容に絞ることができたにもかかわらず、あえて戦争の必要性に踏みこんだ点を評価した。ただ、戦争を正当化した部分は「ブッシュ前大統領が話しているように聞こえた」”、イギリスのガーディアン紙は「オバマ大統領はオスロでノーベル平和賞を受け取りながら、アフガニスタンの紛争を拡大させ、悪を打ち負かすための『正しい戦争』を訴えるなど、矛盾した演説をした」と、辛口の批評をしています。 一方で、正しい戦争であったとしても、戦争がもたらす悲惨さを常に直視する必要があることを戒めています。 オバマ米大統領は10日のノーベル平和賞授賞式の演説で「核兵器なき世界」を追求する決意を示すとともに、脅威が多様化した現代では「米国は単独で行動できない」と述べ、国際協調主義で米国が世界を先導する姿勢を明示した。 「非暴力の抵抗運動ではヒットラーの軍隊を食い止めることはできなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を捨てるよう説得することはできません。時には武力も必要だと言うのは、決してシニシズムの呼びかけではありません。武力は必要だというのは、歴史を認識した上でそう言うのです。人間が不完全な存在であり、人間の理性には限界があると、認識した上でそう言うのです」
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