投手; 捕手; 内野手; 外野手; 監督・コーチ; 公示(出場選手登録・抹消) 選手登場曲; 球団応援歌; 選手応援歌; ドラフト会議; キャンプ情報; メディア出演情報; 新人選手紹介; 契約更改情報; 記録達成者情報 宗 佑磨(むね ゆうま、1996年 6月7日 - )は、東京都 武蔵野市出身 のプロ野球選手(外野手、内野手)。 右投左打。オリックス・バファローズ所属。 オリックス・バファローズの選手一覧; 外部リンク. 宗 佑磨(むね ゆうま、1996年6月7日 - )は、東京都武蔵野市出身[2]のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。, ギニア人の実父と日本人の実母の間に出生[2]。小学校3年生の時に「お茶の水スリーアローズ」で野球を始めた[2]。当時は遊撃手と投手を兼ねていて[3]、鎌倉市立玉縄中学校時代には軟式野球部に所属していた[2]。, 横浜隼人高校への進学後は、1年時の秋に外野手としてベンチ入りを果たすと、関東大会に出場[3]。2年時の春には、前年夏の選手権本大会で大会史上最多の1試合22奪三振・10打者連続奪三振を樹立した桐光学園高校の松井裕樹から2安打を放ったことで注目された[4]。3年時の6月中旬に右膝蓋骨を骨折し、手術を経て夏の選手権神奈川大会で実戦に復帰すると、チームを準決勝にまで導いた[5]。在学中には、対外試合で通算26本塁打、打率.452を記録[2][4]したが、春夏とも甲子園球場での全国大会への出場はなかった[6]。, 2014年のNPBドラフト会議で、内野手としてオリックス・バファローズから2巡目で指名[7]。契約金6,000万円、年俸700万円(金額は推定)という条件[8]で入団した。背番号は6[9]。, 2015年には、高校3年時に手術した右膝の痛みに加えて、夏場に腰痛を発症した影響もあり、一軍昇格の機会はなかった。ウエスタン・リーグの公式戦でも16試合の出場にとどまったが、打率.333、2三塁打、1打点を記録[10]。12月1日の契約交渉では、推定年俸600万円(前年より100万円減)という条件で契約を更改した[11]。, 2016年には、9月18日の対福岡ソフトバンクホークス戦(福岡ヤフオク!ドーム)に、「2番・遊撃手」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー。しかし、初打席から3三振を喫し、遊撃の守備でもゴロの悪送球で初失策を記録した[12]。その後も一軍公式戦2試合に出場したが、無安打でシーズンを終えた。ウエスタン・リーグの公式戦では、60試合の出場で打率.272、3本塁打、12打点、3盗塁をマーク。シーズン終了後に台湾で開かれたアジアウインターベースボールリーグ(AWB)にも、同リーグ選抜のメンバーとして参加した[13]。AWBでは17試合の出場で、打率.240(50打数12安打)、12打点、1盗塁という成績を残した[14]。, 2017年には、ウエスタン・リーグ公式戦の序盤から、主にクリーンアップで起用。3・4月度のファーム月間MVPを受賞した[15]。一軍の公式戦でも、9月27日の対北海道日本ハムファイターズ戦(京セラドーム大阪)5回裏の打席で斎藤佑樹から一軍公式戦での初安打を放つなど、10試合の出場で1本の二塁打を含む4安打をマーク。しかし、走塁面では盗塁の成功までに至らず、3つの盗塁死を喫した。ウエスタン・リーグ公式戦では、104試合に出場するとともに、入団後初めて規定打席に到達。本塁打は1本にとどまったものの、34打点、8盗塁、リーグ6位の打率.279を記録した。レギュラーシーズンの終了後には、フェニックス・リーグの数試合で外野の守備を経験[16]。秋季キャンプをはさんで、2年連続でAWBへの参加を予定していたが、キャンプ中に左肩を傷めたため参加を辞退した(代替選手はチームメイトの根本薫)[17]。, 2018年には、春季キャンプのスタートを二軍で迎えたものの、二軍の紅白戦で好成績を残すなど打撃面で急成長。一軍クラスの中堅手が軒並み故障や不振であったことから、一軍監督・福良淳一の方針で、内野手登録のままキャンプの途中から外野手へ転向した[16][18]。3月4日の横浜DeNAベイスターズとのオープン戦(ほっともっとフィールド神戸)では、前日(3月3日)の同カード(京セラドーム大阪)に続く1回裏での先頭打者本塁打をランニング本塁打で記録した。NPBオープン戦でのランニング本塁打は、2012年のクレイグ・ブラゼル(阪神タイガース)以来6年振りで、日本人選手としては谷佳知がオリックス・ブルーウェーブ時代の2001年3月3日の対大阪近鉄バファローズ戦で記録して以来17年振りである[19]。オープン戦全体では、13試合の出場でチームトップの4本塁打・4盗塁および、打率.306をマーク。自身初の開幕一軍入りを果たした[20]ばかりか、主に「1番・中堅手」として開幕戦からスタメンに定着した。「OSAKAクラシック」として開かれた4月30日の対福岡ソフトバンクホークス戦(京セラドーム大阪)では、1回裏の打席で、一軍公式戦での初本塁打を中田賢一からの先頭打者本塁打で記録した[21]。5月中旬以降は、故障による戦線の離脱[22]や、打撃不振による打順の降格を経験。「1番・中堅手」へ再び起用された9月30日からの対楽天2連戦(楽天生命パーク)では、第1戦の第4打席で3号2点本塁打を放つと、翌10月1日の第2戦で初回先頭打者本塁打からの2打席連続本塁打によって、2日がかりで3打席連続本塁打を記録した[23]。一軍公式戦には通算74試合の出場で、打率.233ながら、5本塁打、22打点、3盗塁を記録した。, 2019年には、登録ポジションを内野手から外野手へ変更。春季キャンプのスタートを一軍で迎えたが、打撃不振でキャンプ中に二軍へ降格。前年につかんだ開幕スタメンの座も一軍経験の浅い西浦颯大に奪われるなど、一軍への復帰は、セ・パ交流戦の終盤[24]にまで持ち越された[25]。7月10日の対楽天戦(楽天生命パーク)では、同点で迎えた延長10回表2死1・2塁の打席で、高校2年時の選手権神奈川大会以来6年振りに対戦した松井裕樹から決勝の適時打を放っている[26]。一軍公式戦全体では、出場試合数(54試合)や本塁打(2本)などが前年から減少した一方で、前年を上回る打率(.270)や盗塁数(7)をマーク。二軍調整中から三塁の守備を練習していたため、レギュラーシーズンの終盤に中堅手としてスタメンに起用された一軍公式戦では、途中の守備から三塁を経て中堅に戻ることもあった。結局、一軍では内外野とも無失策でシーズンを終えている[24]。なお、シーズン終了後の11月下旬からは、およそ1ヶ月にわたってオーストラリアン・ベースボールリーグへ派遣[27]。リーグ戦23試合の出場で、打率.387、3本塁打、12打点と活躍したほか、全試合で三塁を守った[24]。, 2020年には、春季キャンプから一軍に帯同。オープン戦の途中までは好調だったが、新型コロナウイルスへの感染拡大に伴う自主練習期間中に背中と腰の間の張りが強まった[28]影響で、開幕一軍入りを逃した。開幕2週間後の7月1日から、一軍へ本格的に復帰。正三塁手として開幕を一軍で迎えていながら不振の中川圭太に代わって登録された[29]ため、外野手登録ながら、復帰後は主に三塁手として起用されている。7月25日の対楽天戦(楽天生命パーク)では、7回表に代走でホームスチール(本盗)を成功させると、9回表の打席でランニング本塁打を記録した。オリックスの選手による一軍公式戦でのランニング本塁打は、前身球団を含めても18年振りだが、同じ試合で本盗も成功させた事例は初めてである[30]。, 手動計測ながら50メートル走で最速5秒8[2][3]の俊足と、遠投100メートルの強肩の持ち主で、投手としてストレートで最速141km/h、高校3年時の春に立ち幅跳びで2m69cmを記録する[3]ほど身体能力が高い。, オリックスへの入団後は外野手として広い守備範囲を見せていたが、入団4年目(2019年)のシーズン終盤からは、出場機会を増やすべく三塁の守備に重点を置いている[31]。, 中学3年生時の冬休みにガーナを訪れ、その際に知人の呪術師から現地の宗教に基づくブレスレット状のお守り「ジョパタ」をもらった。高校生になり、それをユニフォームのポケットに入れてプレーすると試合でご利益が現れるようになったという。オリックスへの入団後の入寮の際にも、「ジョパタ」を持ち込んだ[4][32]。, オリックス4連勝 宗が「ランニング本塁打&本盗」で快勝貢献「いけるところまで走ろうと思った」, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=宗佑磨&oldid=80349254, 初本塁打:2018年4月30日、対福岡ソフトバンクホークス6回戦(京セラドーム大坂)、1回裏に. 伏見 寅威(ふしみ とらい、1990年5月12日 - )は、北海道千歳市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。, 父が全国大会に出場経験のあるラガーマンだったことからラグビーのトライにあやかって「寅威」と命名される。小学3年から野球を始め、元江別アニマルズに所属、当時は投手だった。中学は札幌白石シニアに所属し、その時に監督に捕手を命じられる。, 東海大学第四高等学校に進学すると1年秋からレギュラーとして活躍、2年秋には全道ベスト4、3年春には春大会で優勝したこともあり、夏は優勝候補と期待されたが準決勝で札幌第一高に敗退。プロからも注目されていたが志望届は提出せず、卒業後は東海大学へ進学。, 東海大学では1年春からベンチ入りし、秋からは正捕手として定着し、一学年上の菅野智之とバッテリーを組み活躍、2年になると4番も任されるようになった。2010年に行われた第5回世界大学野球選手権大会では日本代表に選出され、最終学年時には主将も務めるなど豊富な経験を積み、大学ナンバーワン捕手としてプロ数球団からマークされる。, 2012年10月25日に行われたドラフト会議にてオリックス・バファローズから3位指名を受ける。10月にオリックスから指名される夢を見ていたと語っており、会見では「本当に正夢になりました」と語っている[2]。, 2015年は20試合に出場、打率.273を記録し、2016年は一塁手や三塁手としても起用されたが、前年を下回る17試合の出場で打率.242を記録した。, 2017年は開幕を一軍で迎える。4月15日に山崎勝己との入れ替わりで二軍落ちとなったため、4試合の出場に留まった。, 2018年も開幕一軍を確保。当初は、若月健矢・山崎勝己に次ぐ第3捕手や代打要員として一軍に帯同[3]。6月2日の読売ジャイアンツ戦(京セラドーム大阪)では延長12回に代打で出場し、京セラドームでの巨人戦の連敗を9で止めるサヨナラ打を放った[4]。6月下旬以降、T-岡田、小谷野栄一、中島裕之と一塁を守れる野手の相次ぐ離脱に加え、中軸打者として期待されたステフェン・ロメロ、クリス・マレーロの両外国人の不振もあり、7月中旬以降は伏見が一塁手として先発起用されるようになり、主に5番打者を務めることとなった。中島・T-岡田・ロメロの復帰後は再び代打や控え捕手に回ることが多くなったが、一度も出場選手登録を抹消されることなくシーズン終了まで一軍に帯同し、76試合出場・201打席・打率.274・17打点など、多くの指標でこれまでのキャリアハイを更新した。, 2019年も開幕一軍を確保するも、打撃成績は低迷。6月18日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で9回の打席で三振を喫した際に左足首を痛め病院に搬送された[5]。病院での検査の結果、左足アキレス腱断裂と判明し[6]、6月19日に登録抹消された。6月21日に縫合手術を受けるも、細菌が入り9月に再手術を行なった[7]。オフの11月30日に減額制限いっぱいとなる550万円ダウンの1,650万円で契約を更改した[8]。, 2020年、前年のアキレス腱断裂の大怪我から復帰し開幕一軍入り。主に代打の切り札で起用され、山﨑福也が先発する試合ではスタメンマスクを被っている。8月6日のロッテ戦では山﨑を6回無失点の好投に導き、自信も5回裏に追加点となる2点適時打を放つなど勝利に貢献し、2人でお立ち台に上がった。, パンチ力があり、広角にも打てる強打の捕手[9]。バスターやエンドランなど臨機応変に対応出来る器用さも兼ね備え、打者を観察してリードできる冷静さと、素早いフットワークが持ち味とスカウトから評される[10]。, 「見返したい」アキレス腱断裂から捕手復帰へ… オリ伏見が涙した妻の支えと周囲への感謝, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=伏見寅威&oldid=80342165.
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