【ホンシェルジュ】 2003年にアメリカをはじめとする連合軍がイラクへ武力行使をすることで始まったイラク戦争。開戦の際に多くの疑問が持たれましたが、あなたはどれくらいご存知でしょうか?今だからこそ知っておきたいイラク戦争を関連書籍をご紹介するとともに解説していきます。 | Emmy(本の虫、歴史好きライター) 作者:モハメドゥ・ウルド・スラヒ 翻訳:中島 由華 出版社:河出書房新社 発売日:2015-11-19. 本書はGuantanamo Diary by Mohamedou Ould Slahi, edited by Larry Siems (Little, Brown and company, 2015) の翻訳である。, キューバ南東部に位置するグアンタナモ湾にアメリカの海軍基地がある。米西戦争後、スペインから独立したキューバ新政府によって、アメリカが租借することを認められたものだ。その後、ローズベルト政権時代の1934年に改めて条約が締結されると、アメリカ側の放棄、あるいは両国の合意がないかぎり、無期限に租借できると決まった。キューバ革命の成功のあと、キューバ新政権から返還を要求されるようになったのだが、アメリカはその条約を楯にし、グアンタナモ基地を使用しつづけた。, 2001年の9.11アメリカ同時多発テロのあと、このグアンタナモ基地内に設けられた収容所に「テロ容疑者」が大量に送りこまれるようになった。アメリカは、「テロとの戦い」の名のもとに、テロへの関与が疑われる人びとを世界各地でとらえ、グアンタナモに集めた。領土外のグアンタナモでならば、捕虜の人道的待遇を義務づけた国際条約は適用されないという見地から、事実上、被拘禁者を無期限に拘束することも、残酷な方法で尋問することもできるというのだった。, 実際のところ、グアンタナモに拘禁された人びとはどのように扱われてきたのだろうか。それをまざまざと伝えてくれるのが、2002年に無実の罪でそこに収容され、いまだ釈放されていないモハメドゥ・ウルド・スラヒ氏が、2005年の夏から秋にかけて執筆した手記である。その文章は、アメリカ軍の検閲によってところどころ黒く塗りつぶされているものの、いま、まさにグアンタナモの独房に入れられている人物の声であることもあって、たいへん貴重なものだ。, スラヒ氏は、ドイツの大学の学生だった1991年と1992年にアフガニスタンに渡り、共産政権との戦いのため、当時アメリカに援助されていたアルカイダの施設で軍事訓練を受けた。アルカイダとの関係はそこで終わったが、現地で知りあった数人と連絡をとりあうことがあった。さらに、妻の姉妹がアルカイダの重要人物と結婚していたから、義理の兄弟としてその人物とも連絡をとりあっていた。また、カナダのモントリオールに住んでいたころに通ったモスクには、時期は異なるものの、あるテロ未遂事件の犯人も出入りしていた。敬虔なイスラム教徒で、語学に堪能で、イスラム義勇兵として戦ったこともあるスラヒ氏の経歴は、アメリカ側にしてみれば、テロリストであることを疑うに十分なものなのかもしれない。しかし、彼がテロに関与した証拠はいっさいないのである。, スラヒ氏がモーリタニアの自宅から連れだされてから、今年でもう14年になる。彼は、何らかの罪状によって裁判にかけられることもなく、延々と尋問されるばかりの地獄のような日々を送ってきた。本書には、非人道的な扱い、拷問、虐待を含むその実体験が生々しく綴られている。無実でありながら残酷な仕打ちを受けつづけているスラヒ氏だが、怒りや憎しみの感情に流されることなく、起こったありのままを具体的に記し、自分の心のありようを率直にしたためている。異常な状況下にあっても、観察眼を働かせ、周囲の人びとを人間として理解しようとする態度には、彼の誠実さと知性とがあらわれているように思えるのだ。彼が一日も早く釈放され、自分の人生をとりもどせることを祈っている。, 2008年のアメリカ大統領選のとき、バラク・オバマ氏は「チェンジ」を合言葉にいくつかの革新的な公約を掲げ、そのなかにはグアンタナモ収容所の閉鎖も含まれていた。実際、大統領就任後まもない2009年1月、グアンタナモ収容所を一年以内に閉鎖することや、テロ容疑者に対する過酷な尋問を禁止することなどを大統領令として発令している。ところが、テロ防止の観点からすれば危険であるという共和党勢力の主張に圧され、それらはいまだ実現に至っていない。2015年7月、アメリカとキューバは54年ぶりに国交を回復した。今後グアンタナモ基地の租借の件がどうなるのかも含め、注意して見ていきたい。, 『宇宙考古学の冒険 古代遺跡は人工衛星で探し出せ』最新技術と地道な発掘の組み合わせが起こす革命, SNSの誤情報ばらまき・意図的な操作にどう立ち向かうのか──『操作される現実―VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ』, 『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』身近なわりに知らない、その奥深さ, 『闇の脳科学「完全な人間」をつくる』 その先駆者の栄光と悲劇、そして「脳操作」の現在と未来, 我々は操られているのかもしれない『マインドハッキング:あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』, 『LIFESPAN(ライフスパン) 老いなき世界』人類の生命観と人生観を覆す新たな啓蒙書, ノーベル賞受賞者90名超。世界を変える名門 『MIT マサチューセッツ工科大学 音楽の授業』, 『言論の不自由 香港、そしてグローバル民主主義にいま何が起こっているのか』強権化する大国中国と それに抗う若者たち, 『ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち』大志を抱かない生き方は許容されるか?, 『誰が音楽をタダにした?』ストリーミング・サービスがもたらした「音楽シーン」の変化と現状. アフガン侵攻・元兵士に聞く ソ連軍はなぜ失敗したのか (2001/10/03 毎日新聞) 米政府は同時多発テロ事件の「報復」として、アフガニスタンへの軍事作戦を準備している。 ソ連がアフガニスタンに侵攻した理由を見る前にアフガニスタンはどこに位置しているのかを確認しようと思います! アフガニスタンがどんな場所にあるかを把握しておくだけでもソ連がアフガニスタンに侵攻した理由をより把握しやすくなるでしょう。 さて当のアフガニスタンは中央アジアに位置しています。 日本人は普通でしたら気にも留めないですよね。 地図に赤線が引いているところが、アフガニスタン! ~スタンっていう国が周りに多い!っていうのが率直な感想。この「スタン」は「国、地域」 … 第95回 『地獄のアフガン』 このホームページだけが、俺の本音を明かせる場所だ。しかし、だからと言って、読む人は俺の味方ばかりではないのだから、誤解だけは出来るだけ避けたいと思っている。 アフガンで殺された、日本の青年のことだ。 ソ連は、アフガニスタン政府の要請から侵攻したと主張し、アメ: リカは内政干渉だと非難した。 1980年 ――― アメリカなど西側諸国は、モスクワオリン ピック参加をボイコットする。 ソ連はアフガニスタン政府軍へ、アメリカは反政府ゲリラへそれ Copyright © CyberAgent, Inc. All Rights Reserved. 1979年で起こったソ連によるアフガニスタン侵攻、このアフガニスタン侵攻はなぜ起こってしまったのか?その原因となった歴史の背景には当時冷戦状態だったアメリカが関係していた?当時の紛争によって起こった現在の内戦や子供たちの問題、その解決策についてご紹介します! 概要 アフガン戦争. 1979年 - 1989年のアフガニスタン紛争(アフガニスタンふんそう)では、アフガニスタンで断続的に発生している紛争のうち、1978年に成立したアフガニスタン人民民主党政権に対するムジャーヒディーンの蜂起から、1979年にソビエト連邦が軍事介入、1989年に撤退するまでの期間を扱う。 かつては、19世紀に起こったイギリスの二次にわたるアフガニスタン侵攻と、1919年のアフガニスタンとイギリスの戦争、すなわち三次にわたるアフガン戦争を指して言うことが多かった。 アフガニスタン紛争. グアンタナモ収容所 地獄からの手記 . 実際のところ、グアンタナモに拘禁された人びとはどのように扱われてきたのだろうか。それをまざまざと伝えてくれるのが、2002年に無実の罪でそこに収容され、いまだ釈放されていないモハメドゥ・ウルド・スラヒ氏が、2005年の夏から秋にかけて執筆した手記である。 戦争くらい庶民にとって地獄の不幸はありません。 かって、旧ソ連のアフガン侵攻以前のこのアフガンを訪れた写真家藤原新也氏は、このアフガンの土地を理想郷として表現されています。

アフガン侵攻 地獄

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