イラク日本人青年殺害事件(イラクにほんじんせいねんさつがいじけん)は2004年10月に発生した、国際的テロ集団アルカーイダの関連組織、アブー=ムスアブ・アッ=ザルカーウィー率いるイラクの聖戦アルカーイダ組織に日本人青年 香田 証生(こうだ しょうせい)(敬称略)が殺された事件。 1 翻弄されない視座をもつ 小林よしのりの痛快“こき下ろし”SPECIAL』アスコム、2004年8月. 今回の人質殺害事件の真相や経緯の詳細は、今後の調査や検証を待たねばならない。しかし、事件の最終報告を待つまでもなく、テロ事件が続発する国際社会の中で、日本が抱える課題や問題点が浮き彫りになった。 人質殺害事件の経緯は以下の通りだ。 まず、日本政府の対応だが、自国民の生命を守ることに最善を尽くしながらも、結果として人質殺害に至った経緯の中で、国際社会の「テロに屈しない」「テロ組織とは交渉し … イラク日本人人質事件(イラクにほんじんひとじちじけん)、イラク邦人人質事件(イラクほうじんひとじちじけん)は、2002年のイラク戦争以降にイラク武装勢力によりイラクに入国した日本人が誘拐され、人質として拘束された事件。特に2004年4月に3名が誘拐され、自衛隊の撤退などを求められた後、イラク・イスラム聖職者協会の仲介などにより解放された事件と同年10月に1名が誘拐され、後に殺害された事件が活発に報道された。なお、米軍のファルージャ攻撃(en:Fallujah during the Iraq War)以後、日本人以外の外国(非イラク)人拉致事件が頻発している。, イラク現地の武装勢力が、イラクに入国した外国籍のボランティア、NGO職員、民間企業社員、占領軍関係者などを誘拐する事件が頻発した。誘拐の要求の多くは、誘拐した外国人を人質に、彼らが本籍を置く政府に対して、自国の軍隊(日本では自衛隊)をイラクから引き上げることを要求するものであった。, 以下の出来事は全て2004年のものである。また、最初の3名に関するもののほか、時期的に重なっている2名(次項で解説)の出来事も含む。, フリージャーナリストの渡辺修孝、安田純平の日本人2人がイラクの武装勢力に拉致された。この際の報道は前回ほど活発ではなく、ほどなく解放された。, 人質となった渡辺修孝は「人質である自分たちを助けるために政府は自衛隊を撤退させるべきだった」とし、後に「自衛隊を撤退させなかった事」に対し500万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたが敗訴。また、解放後日本政府が負担した日本への帰国費用について、一切の支払いを拒否している。, バックパッカーとしてニュージーランドからイスラエルを通じイラクに入国した香田証生が行方不明となり、10月24日、彼を拉致した犯行グループ「イラクの聖戦アルカーイダ組織」の声明がインターネットに公開された。小泉首相は「テロに屈することはできない。自衛隊は撤退しない」と表明した。, 30日(日本時間31日)、首を切断された遺体が発見され、後日になって殺害の模様が公開され、その後その動画がインターネット上に流布する事態となった。遺族は「息子は自己責任でイラクに入国しました。危険は覚悟の上での行動です」「彼の死を政治的に利用しないで欲しい」と言う声明を発表した。そのため、最初の人質3人のような感情的なバッシングは起こらず、マスコミも比較的淡々と報道した。, 5月9日、イラクの武装勢力「アンサール・アル・スンナ軍」がイギリス系民間軍事会社職員の日本人と銃撃戦の末拘束したとの声明を発表した。5月28日、武装勢力は日本人の死亡をネットに発表した。, 日本人を狙った計画的誘拐ではなく、戦闘で負傷し捕虜になったものであったため、テロリストから日本政府への要求は無いに等しく、それへの対応を巡って世論が割れる事も無かった。, 高遠菜穂子はボランティアを目的として入国した。支援対象は10代男子のみのストリートチルドレン[2]。, メディアの内側においては、一部新聞社が被害者宅の正確な住所を報道したり、報道陣が被害者宅に大挙して押し掛けたことについて、被害者宅すぐそばに練習グラウンドがあるJリーグチームが驚いたとの報道を行ったため、被害者宅が特定された。そのため被害者宅へ手紙や電話・FAXが集中したことや、少なからぬキャスターが批判派・擁護派の一方を肩入れするような報道を行ったりしたことが、報道被害や報道の公正という観点から問題にもなった。, また各メディアの世論調査の数字の異なり(往々にして、メディア各社の報道姿勢に沿った数字が出された)などから、インターネットにおいては、2002 FIFAワールドカップの日韓共催から始まったといわれる大手メディアの報道姿勢への非難が再燃した。, なお、この事件に当たっては、週刊文春2006年11月2日号に掲載された作家の麻生幾が執筆した記事によると、海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊員をバクダード駐留米軍に派遣し、米軍部隊との合同で突入・救出する「バビロンの桜」計画が立案されたとされる(結局実行されることはなかった)。, 2004年4月に人質となり、後に解放された郡山総一郎は、帰国後の日本で自身に対して自己責任論の嵐が吹き荒れていることに驚きを通り越して呆れたという[3]。「なぜ自分がイラクに行き、なぜ誘拐されたかを考えた人がどれほどいたのか。国の言う自己責任は責任転嫁でしかない」と、当時の日本政府の姿勢を批判した[3]。, 人質事件の発生後、一部の日本のマスコミがイラクの武装勢力ではなく人質への攻撃を行った。このことは一部の国外メディアから批判を受けた。ニューヨーク・タイムズはオオニシ・ノリミツの署名記事においてその原因に日本社会の構造を指摘し、「お上にたてついたことが人質の罪になった」としている。またマスコミだけでなく保守系政党の政治家からも批判された。共和党のコリン・パウエル国務長官(当時)は人質や海外派遣された自衛官がリスクを引き受けたことで我々が前に進めたと指摘したうえで、率先してリスクを負った人々に責任があるとは言えないと苦言を呈した。またこのような人がいることに日本の人々は誇りに思うべきだとも語っている[4]。, アフガンにおける不朽の自由作戦 - フィリピンにおける不朽の自由作戦 - アフリカの角における不朽の自由作戦 - トランス・サハラにおける不朽の自由作戦, イラク戦争 - ワジリスタン紛争 - タイ南部紛争(英語版) - レバノン侵攻 - ガザ紛争 (2008年-2009年) - ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害 - 生来の決意作戦 - ロシア連邦航空宇宙軍によるシリア空爆 - ロシア軍爆撃機撃墜事件, アメリカ同時多発テロ事件 - バリ島爆弾テロ事件 (1) - スペイン列車爆破事件- イラク日本人人質事件 - イラク韓国人会社員殺害事件 - イラク日本人青年殺害事件, ロンドン同時爆破事件 - バリ島爆弾テロ事件 (2) - 2005年アンマン自爆テロ - ムンバイ列車爆破事件 - パキスタン・モスク立てこもり事件 - 2007年ターリバーン韓国人拉致事件 - アフガニスタン日本人拉致事件 - 2008年デンマーク大使館爆発事件 (パキスタン) - イスラマバード・マリオット・ホテル爆破テロ事件 - ムンバイ同時多発テロ, 2010年ストックホルム爆破事件 - モスクワ地下鉄爆破テロ (2010年) - アレクサンドリア自爆テロ - ドモジェドヴォ空港爆破事件 - 2012年アメリカ在外公館襲撃事件 - ミディ=ピレネー連続銃撃事件 - アガデスとアーリットの襲撃 - ケニアショッピングモール襲撃事件 - アルジェリア人質事件 - ブッダガヤ爆弾テロ事件 - 2014年シドニー人質立て籠もり事件, ユダヤ食品店人質事件 - ISILによる日本人拘束事件 - シャルリー・エブド襲撃事件 - ガリッサ大学襲撃事件 - ナイジェリア生徒拉致事件 - バルド国立博物館での銃乱射事件 - 2015年スーサ攻撃 - タリス銃乱射事件 - ベルリン婦人警官襲撃事件 - ニューサウスウェールズ警察本部銃殺事件 - ロシア旅客機爆破テロ - パリ同時多発テロ事件 - 2016年イスタンブール自爆テロ - 2016年ブリュッセル爆発 - ダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件 - アタテュルク国際空港襲撃事件 - 2016年ニーストラックテロ事件 - 2016年ベルリンのクリスマスマーケットにおける事件, 2017年ロンドンテロ事件 - 2017年サンクトペテルブルク地下鉄爆破テロ事件 - 2017年ストックホルムトラックテロ事件 - マンチェスター・アリーナに於ける爆発物事件 - 2017年6月ロンドンテロ事件 - 2017年バルセロナテロ攻撃事件 - 2018年ストラスブール銃乱射事件, アルカーイダ - ISIL - アブ・サヤフ - ヒズボラ - ハマース - アル・シャバブ - ジェマ・イスラミア - ターリバーン - パタニ連合解放組織 - ラシュカレトイバ - 世界イスラーム戦線 - ウズベキスタン・イスラム運動 - パキスタン・ターリバーン運動 - イスラーム・マグリブのアル=カーイダ機構, 2015年欧州難民危機 - 文明の衝突 - アブグレイブ刑務所 - グァンタナモ米軍基地 - 悪の枢軸 - 米国愛国者法 - ESTA - テロ支援国家 - ブッシュ・ドクトリン - 覇権主義 - イスラーム過激派 - サラフィー・ジハード主義 - グルジア訓練・装備支援計画 - グルジア維持安定作戦支援計画 - 海上阻止行動 - 海上治安活動 - アラブの春 - シリア内戦 - ISISちゃん, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=イラク日本人人質事件&oldid=76523090, 4月11日 - 武装グループからアルジャジーラにあてて、「イラク・ムスリム・ウラマー協会の求めに応えて3人の日本人を24時間以内に解放する」との内容のファックスによる声明が届き、日本では一時楽観ムードが漂ったが、期限内の解放は実現されなかった。, 4月15日 - 日本人3名はイラク・イスラム聖職者協会の仲介もあり無事解放された。解放された3名は今回の犯行グループ名と思われる「サラヤ・ムジャヒディン・アンバル(アンバル州の聖戦士軍団)」と署名されていた犯行グループの声明文を所持していた。なお、後に解放の仲介をしたとされる地元有力者が殺害されている。, 今井紀明『自己責任 いま明かす「イラク拘束」と「ニッポン」』講談社、2004年8月。, 佐藤真紀、伊藤和子編『イラク「人質」事件と自己責任論 私たちはこう動いた・こう考える』大月書店、2004年7月。, コメント・メッセージおよび執筆者: 今井紀明、伊藤和子(弁護士)、鎌仲ひとみ(映画監督)、高遠菜穂子、田中宇ら36名, 高遠菜穂子『戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない』講談社、2004年8月。, 『法学セミナー』日本評論社、2004年9月号「イラク人質事件・日本人対"世間"の法感覚 ――グローバルとローカルのはざまで」 -, 小林よしのり『ゴー外!!
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