井口資仁「引退試合、最終回、同点2ランホームラン」第3打席での伏線 井口資仁監督に聞く。Q26. 今年、見に行ったなかでいちばんすごかった試合だ。文句なしだ。数日たっても余韻が続いている。「すごかった試合」はあの継投がポイントだったとか、あの代打策が明暗を分けたとか、簡単に情報処理できるものじゃない。ああ、とバカみたいにしばらく感じ入ってるしかない。知恵熱が出る一歩手前だ。, 僕が井口資仁の引退試合に関して書いておきたいのは「いかれぽんち」ということだ。他ならぬ僕が「いかれぽんち」だった。そしてZOZOマリンに詰めかけた3万人超が「いかれぽんち」だった。のみならず球場外で大型モニターを見つめた大勢のファンが「いかれぽんち」だった。おそらくそれはチケットを買いそびれたもっと大勢のファンにも共通している。彼らはテレビ中継を通してパ・リーグTVの動画配信を通して「いかれぽんち」の一大山脈を築いたのだと思う。, 当日は「東京ゲームショウ2017」(幕張メッセ)の最終日も重なって、海浜幕張駅は大混雑だった。が、ZOZOマリンへ向かう人はすぐわかる。もちろんユニホーム姿もあるけれど、表情が違うのだ。屈託なく秋の日曜日を楽しむ感じの人はほぼいない。別れの日だ。ついにこの日が来た。一歩、スタジアムが近づくごとに井口引退が取り返しのつかない現実になっていく。, 球場外にはパブリックビューイングが設けられ、早くもごった返している。引退記念グッズのブースに長蛇の列が延び、既に売り切れのアイテムが出ている。入場ゲートでは井口の顔と背番号「6」とを表裏にあしらった応援ボードを配布していた。よく見ると、どの回のどのタイミングでボードのどっち面を掲げるか指示してある。綿密にシミュレーションした気配だ。ロッテ球団は大スターの引退を盛り上げるべく、その準備に心血を注いできたのである。, それはロッテの選手らが全員、背番号「6」を付け、また始球式にお嬢さんの井口琳王(りお)さんが登板するという2つのサプライズでいっそう鮮明になる。特別な日なのだ。誰もが最高の一日になるといいと願った。スタンドはセンチメンタルな熱量をたたえている。観客ひとりひとりの胸にダムがあって、そこに思い出や感謝や寂しさが貯蔵されている。球団関係者は緊張している。無事にやり切れるだろうか。「井口との別れ」をファンが一生の宝として大切にしてくれるように。やり直しのきかないこの日を走り切れるだろうか。, 僕はファイターズファンだ。上層階の3塁側内野自由席でこの試合を見た。井口資仁を観客席でずっと見てきた。東都リーグでは青学の強打者として。プロ入りしてからは福岡ダイエーの若鷹として。アメリカ帰りの後は千葉ロッテの主砲として。痛打を食らった思い出しかない。特にメジャー経験を経て身体が大きくなってからは、ハンパない存在感だった。リストの強い右打ちは落合博満を思わせる。マリンの海風がなかったらもっとスタンドまで運ばれていたと思う。今日は長年の敵とお別れに来た。, 井口は6番DHだった。クリンアップは鈴木大地、角中勝也、福浦和也。いい並びだ。先発投手はロッテが涌井秀章、ハムが千葉出身の高梨裕稔。僕は高梨はラッキーだと思った。この雰囲気のなか、オール背番号「6」のロッテ打線と勝負できるのだ。井口資仁と対決できるのだ。それはプロ野球選手の勲章ってやつだ。という意味ではスタメンに名を連ねたワカゾーたちは忘れ得ぬ経験をした。ひたむきに打ち込めば野球選手はこんなリスペクトを受けられるのだ。それは言葉でいうより現場にいたほうが一発で理解できる。, 涌井が完璧だった。本当に気持ちのこもった球を投げている。僕は途中まで完全試合を食らうんじゃないかと心配した。三振の山だ。きりきり舞いだ。井口は2回裏の第1打席、いきなりレフトへヒットを放つ。球場のテンションがずっと下がらない。3回先頭の加藤翔平がライトスタンドに5号ソロを叩き込む。これ、まさか1-0で完全試合とかノーヒットノーランになるやつじゃないだろうな。, が、よく考えてみたら球場のテンションが高過ぎた。序盤からこれだけ騒いでるなかで投げたらアドレナリンが出まくって、つい飛ばしてしまう。「背番号6の涌井」は大記録を達成しないのじゃないかと思った。5回表、中田翔がセンターに初ヒットを放ち、ひとまずホッとしたのだ。涌井は通算1500奪三振を記録し(あ、大記録を達成していた!)、花束を受け取った後、6回になって変調をきたす。最初、左手の指がつって、いったんベンチに下がった後、投球練習を始めたら今度はふくらはぎがつって降板だ。涌井は無念そうだったが、それだけ特別な雰囲気の試合だったということだ。, 涌井の降板はこの試合、何が起きるかわからないぞという空気を醸成する。僕は球場のわさわさした不穏な空気が大好きだ。不穏な空気を深呼吸する。何が起きるかわからない空気を肺に入れる。この空気を吸うから生きていられる。7回、中田のタイムリーで同点、レアードのタイムリーで逆転。8回は西川のタイムリー3塁打でダメ押し。2点差つけて9回裏のマウンドは抑えの増井浩俊だ。万全の継投策だ。ただ9回は井口に打席がまわってくる。, ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号6091713号)です。, 三浦春馬さん最後の出演ドラマ『カネ恋』シナリオブックで明かされた“本当の結末”と“4話完結の秘密”, 「現政権では“韓日のwin-win”は不可能」韓国元陸軍中将が告白した「いま文在寅が怖がっているモノ」とは?, 「彼はとことん自分に甘い」元TOKIO山口達也の“苦しい日々” 豪邸を手放し、わびしい単身生活, 善逸くんが堂々1位…『鬼滅」キャラランキングに見る今ドキの理想の「男の子」「悪役」とは, 「もう事件を追及しないでください」骨膜まで顔を切りつけられた美男子スターが捜査ストップを懇願した理由, 《ハンドボール宮崎大輔・逮捕は不倫旅行中》元新体操恋人が親友に語った「奥さんには何も言われていない」「同じ布団は使いたくない」, 「娘は泣きながら電話を」ハンドボール宮崎大輔逮捕 恋人・深瀬菜月(26)母が明かした《不倫、酒、暴行事件》, 嵐・相葉雅紀は実は安泰。先行きが心配されている“意外なメンバー”とは?《嵐フェストラブルも影響》, 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スポーツではないが、囲碁棋士の本因坊秀哉は1938年の引退にあたり「引退碁」を行っており、藤沢秀行も1999年に行っている。, プロ野球が再開された1947年から、1975年まで野球協約で正規に定められていた。別名を「10年選手制度」といい、現在のフリーエージェント制度の前身である。, この規定が適用された選手は次の12名。規程が「することができる」となっているため、吉田義男、稲尾和久など引退試合を行わなかった有資格者が多数存在する。, (*選手引退後に連続してコーチ・監督として同じ球団に在籍しており、選手の引退時ではなく監督としての引退時に行った), 引退試合を行った選手は中日ドラゴンズに所属した選手が非常に多いが、これはドラゴンズの内規に、タイトルを一定数以上獲得した選手は引退試合を行うとする定めがある為(具体的には在籍10年以上、タイトル獲得数5個以上、日本プロ野球名球会入りしているなど[1])。, 規定廃止以降は、終盤の本拠地での公式戦(最終戦が多い)を引退試合と位置付けるか、選手契約を解除された後のオープン戦等において非公式に行われている。現在の規則では引退選手がオープン戦に出場する場合、所属するチームが日本野球機構に申請を行い、セントラル及びパシフィック・リーグを通じてそれ以外の球団に公示する仕組みとなっている。自由契約になった後、他チームでの現役続行を模索模索してかなわず引退を決めた場合などでは、実際の試合への出場ではなく、始球式での対戦を引退試合とすることがある。2013年5月5日に開催された松井秀喜の引退式もこのセレモニーの形式によるものだが、長嶋茂雄と同時受賞することが決まった「国民栄誉賞贈呈式」を兼ねている。, 2007年からクライマックスシリーズ(CS)が開催されるようになったが、これにより消化試合が少なくなり、また出場選手登録をそのまま引き継ぐため引退する選手を登録できず(あるいは、出場選手登録はしたが試合展開を受けて出場はできなかったというケースもある。一例として、矢野燿大[阪神。2010年]などが該当)、引退セレモニーのみを行うケースや、複数選手の合同で引退試合(及び引退セレモニー)を行うケース(一例として、永井怜及び小山伸一郎[楽天。2015年]などが該当)が多くなってきている。この場合、球団の告知でも引退試合ではなく引退セレモニーを行うとして発表されることが少なくない。, これらのことを受けて2017年シーズン途中から、引退試合を行う選手に限って現在登録している選手を抹消せず1日限定で出場登録選手の枠を超えて登録が可能となる特例措置が導入された[2]。この特例により引退試合を行う選手は1試合に限り28人の出場登録選手の枠を超えて登録することが可能となる[注 1]。登録できる選手の数に制限はないが、試合でベンチ入りできる選手は25人で変わらない。またこの登録をされた選手は次の日に自動的に登録抹消となりその後はクライマックスシリーズを含めたリーグ公式戦終了まで登録できなくなる(ただしこの制度を適用しない日本選手権シリーズでは登録可能)。また、登録後当該試合が中止となった場合は球団が指定する日に再び登録することが出来る。2017年9月24日に引退試合を行った井口資仁(ロッテ)[3]、及び森野将彦(中日)[3]が、この制度の最初の適用者になった(出場選手登録の頁を併せて参照)。反面、この制度を適用した場合、2007年に引退した佐々岡真司(広島)の様に「自身の引退試合を挙行した後他の選手の引退試合に出場する」ことや、2012年に引退した石井琢朗(広島)の様に「引退試合後に開催される古巣本拠地でのビジターゲームに出場する」ことはできず、従来通り出場選手登録枠内に当該選手を登録しなければならない。, なお、引退年も一軍戦力として計算されていた選手が特例とは無関係に出場登録選手の枠に留まるケースなど、この特例を使用しなかった場合、任意引退等の公示がなされない間はその試合後も選手として出場することは差し支えない。こういった選手の場合、引退試合では胴上げを行わずに、その後に開催されるCSあるいは日本シリーズの全日程終了後(あるいは敗退決定後)に、改めて引退の胴上げを行ったケースもある(一例として、小久保裕紀[ソフトバンク。2012年]、稲葉篤紀及び金子誠[日本ハム。2014年]などが該当)。, 2013年シーズン限りで引退した山崎武司は、中日と1日限りの支配下選手契約を結び2014年3月21日の中日対楽天のオープン戦にスターティングメンバーで出場した[4]。日本プロ野球で引退試合のために選手契約を結ぶのは山崎が初めてである[5]。なお、後に同じく中日の山本昌も1日限定で支配下選手契約を結び、「打者1人限定」という条件の下に2016年3月5日の中日対ヤクルトのオープン戦に先発している。, 2014年3月の理事会で規約の一部改正が行わなれ、「通算500試合以上」の規定が実現が困難であるとして撤廃された[6]。, 上記以外に、選手契約解除後のプレシーズンマッチなどで非公式に行ったり、現役最後のホームゲームを引退試合と位置付け、セレモニーを行う場合もある(主に小倉隆史、アマラオ、森島寛晃など)。また、現役期間中に死去した松田直樹に対しては故人ゆかりの選手が参加した「追悼試合」という形で引退試合を行った。, さらに、2003年8月10日にはJリーグ選手協会協力のもと、2002年度の引退選手の感謝試合をエルマーノ大阪と行った。出場した選手は以下の通り。, 2020年6月、同年限りで引退を表明した折茂武彦の引退試合が予定されており、これが適用第1号となる[7]。, タイトル獲得者など実績を持つ選手は興行の一プログラムとして引退式と合わせて執り行う事が多い。同一ジムから複数の引退選手が出た場合は一興行でまとめて引退式を行う。なお、日本ボクシングコミッション(JBC)では後楽園ホールで行う引退式はチャンピオン経験者のみと規定しているが、そうでない選手であっても功労者として認められる場合はJBCが特例として許可する場合もある[8]。後楽園ホール以外では特に規定はないため、カズ有沢のようにチャンピオン経験がなくても後楽園以外の会場で引退式を開く場合もある。最終的に引退式の実施は所属ジムやプロモーターの意向に任される。そのため世界王座に君臨していた選手であってもジムやプロモーターの都合により引退式が行われない場合がある(例えば具志堅用高の場合、世界王座13度防衛記録を打ち立てたにもかかわらず、毒入りオレンジ事件の影響で引退式が中止になった)。, 引退試合は大抵エキシビションとして組まれるが、大東旭、長嶋建吾のようにライセンス失効前に現役最後の公式戦(ノンタイトル)として実施される事もある。, また、試合はせずに引退式のみを執り行う場合(主に傷病やその他個人的事情によりエキシビションすら不可能な選手が行う)や、引退式とエキシビションを別に行う場合(内藤大助)、ライセンス失効から長い年月を経て執り行う場合(竹原慎二)、坂本博之のように引退試合と位置づけた公式戦を戦った後に別日程で引退式、さらに引退記念興行(エキシビション)を開催する例もある。一方、薬師寺保栄の場合、世界王座獲得者であるにも関わらず事情もあって引退式を行えず、ジム設立記念パーティーにてテンカウントゴングを聞いた。2006年4月2日にはビー・タイト事務局主催により、引退選手を対象に「The Final」と題したイベントが新宿FACEで開催され、カシアス内藤を筆頭に18名が引退試合を行った。, 引退試合は通常の興行の中の一試合として中堅以上の選手であれば普通に行われるが、特に有名な選手になると興行自体が引退記念として行われ試合順もメインイベントになることが多い。フリーランスの場合、自主興行として行われることが多く、小橋建太や立野記代のように引退直前に所属団体を退団して自主興行として行うこともある。また、アントニオ猪木のように引退試合の前の興行で引退カウントダウンと銘打った試合を行うこともある。一方、興行の一部として引退セレモニーを行うが試合はしない例(ジャンボ鶴田、スタン・ハンセン)や、現役中に死去したため「引退試合」という名のセレモニーを行う例(ジャイアント馬場)、セレモニーすら行わずビデオ等での挨拶のみを済ませる例(ラッシャー木村)、試合に近い形のセレモニーを行う例(ブル中野)もある。変わったケースとして、総勢70人以上の時間差バトルロイヤルで引退したGAMIがいる。リック・フレアーは「負けたらその試合限り引退」とビンス・マクマホンに通告されていたため、その通告後に初めて負けた試合が現役最後の試合となり、後日引退セレモニーを行った。かつての全日本女子プロレスでは引退試合後もノーテレビに1ないし数試合出場した選手が存在した(ジャッキー佐藤など複数名該当)。, 一定の成績を残して顕著な活躍を見せた競走馬について、競走馬としての引退が決定し、その引退レースが終了した当日や一定の期間が経ってからの昼休みに、その競走馬に関係する騎手、調教師、厩務員、馬主らが参列して引退式が行われる。但し、開催費用が馬主の負担となることからGI勝ち馬であっても引退式を執り行わない競走馬が多い。, 騎手・調教師についても、それらが引退を発表し、騎手・調教師免許を満了・返上する週に引退セレモニーを開催することがあり、特に中央競馬においては騎手・調教師の免許更新(新規免許取得者を含む)が行われる3月を前にした2月の最終週に集中して行われるケースが多い。, 顕著な功績をもつすべての10年選手は所属クラブとの合意に基づき、かつ最終的に現役を引退するにさいし、希望する地域において毎年, 引退試合は、公式試合および天皇杯全日本サッカー選手権大会において通算500試合以上の出場実績を達成した選手またはJリーグで活躍し、Jリーグの発展に著しく貢献した選手を対象として開催する。なお、試合で得られた純利益は原則として対象選手が全額受領することとなっている。, 引退試合は、選手が引退するにあたり当該選手の功績を称えることを目的として開催する。, 2019年シーズンから、1軍の出場選手登録の枠は「29人」に拡大されている。なお、試合でベンチ入りできる選手は25人で変わらない。, http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140321-1273428.html, http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140320/k10013122301000.html, “今シーズンで引退するレバンガ北海道の折茂武彦に捧げるクラウドファンディング、『折茂の花道プロジェクト』が始動”, https://basket-count.com/article/detail/35426, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=引退試合&oldid=77977014.