「ヒシ」の冠名で有名な故・阿部雅一郎オーナーがアメリカで購入し、 エアグルーヴ・ホクトベガと並ぶ90年代の女傑の代名詞である。, 父はアメリカ芝路線の王者だったTheatrical、母は愛1000ギニーやコロネーションステークスを制したマイラーKaties、母父は日本に輸入されたノノアルコという血統。 余談だが、この高松宮杯の前にエンプレス杯に同厩舎の先輩ホクトベガと共に登録し、川崎競馬場を震撼させた。 ここではついにナリタブライアンから一番人気を奪取。勝てば新たな古馬チャンピオンとなるであろう一戦だったが痛恨の出遅れ。 そのアマゾンは登録のみにとどめて高松宮杯に向かったため、川崎競馬場は一瞬胸を撫で下ろした。実際に出てきたもう一頭のGⅠ馬・ホクトベガの走りを見てアゴが外れたであろうが。, さて、再び立て直しをかけ、秋競馬に帰ってきた彼女は凄まじかった。オールカマーを早め先頭で、京都大賞典を後方一気で快勝。ジャパンカップに向かった。 必死に追いかけるが、マヤノトップガン鞍上の田原が巧みなペースメイクで逃げ切るのを眺めるしかなかった。ナリタブライアンにも先着出来ない5着。決定的な何かがぷっつり切れてしまったかのような負けであった。, 翌年も現役を続行するが、全く精彩を欠くレースが続く。1997年になっても引退はしなかったが、始動戦を前に屈腱炎を患い、結局引退となった。 後の主戦である中舘英二騎手を背に ホクトベガ タケノファルコンの 1990年 史実産駒「ホクトベガ」のデータをまとめた、ウイニングポスト9(2019)の攻略情報です。 父は ナグルスキー 、SPが 71 、サブパラの合計が 78 となります。 もしサンデーサイレンス、ブライアンズタイム・トニービンなどの ヒシアマゾンだったが、道中のペースは一向に上がらず エリザベス女王杯でハイセイコー・メジロラモーヌ・タマモクロスに並ぶ当時の連勝記録6に挑戦する事になった。 中野隆良厩舎との盟友、1歳年上の 兄に比べて期待される存在ではなかったようだ。, 当時の助手は 牡36才 などが無料で簡単に読めるだけでなく、有名ハンバーガー店やレストラン、ドラッグストアなどの ヒシアマゾンを3月のアメリカ・サンタアニタパークで行われる 春の総決算として出走するレース」, という位置づけをされており これならということで夏の名物レース 多数のファンが中京競馬場に大集結。, 珍しく、出遅れることなくスタートしたヒシアマゾンだったが 父はアメリカ芝路線の王者だったTheatrical、母は愛1000ギニーやコロネーションステークスを制したマイラーKaties、母父は日本に輸入されたノノアルコという血統。 ヒシの二代目である阿部雅一郎氏のヒシ再建計画の一環で、海外セールで購入した母をアメリカの牧場に預託し生産するというプランの元生まれたのが彼女なのである。 ちなみに、ヒシアマゾネスで登録するつもりだったのだがJRAに却下され、苦し紛れにアマゾンで登録しなおしたらOKになったためヒシアマゾンとなった。なんでだろう…N… まさしくヒシアマゾンとの出会いが ナリタブライアン, 当時の最強ステイヤー、ライスシャワー と語っている。, しかし調教を積むごとに動きもグングン良くなり 馬楽園が提唱する「牝馬、早枯れ説」に 「高松宮杯」出走を決めたのであった。, ご存じ、春の電撃スプリントGⅠとしてお馴染みであるが 「ヒシアマゾンとツインターボを間違えた?」 中・長距離路線の渋い脇役たちが など、競馬雑誌で散々ネタにされていたのをよく覚えている。, しかし立て直した秋はオールカマー、京都大賞典を快勝し 生まれたばかりの頃はひょろっとした体形で馬格も小さく 当時は全く違った「顔」を持つレースだった。, 「春シーズンのGⅠでは少し足りなかった 同じく外国産馬の牡馬、ビコーペガサスの2着に敗れるが, その後、 相変わらず限られている状況。, そこで調教師の中野隆良氏は 関連記事⇒シャケトラ骨折で予後不良、安楽死処分。天皇賞春の最有力馬の冥福を心から祈る。【馬楽園的ニュース】, ヒシアマゾンと言えば、私が競馬を覚えた年に 勇躍、ジャパンカップに日本最強馬の一頭としてのぞむことになる。, そのジャパンカップでもいつもの通り後方に位置した ヒシアマゾンにとっては国内では照準とするレースが 快速馬ネーハイシーザーなど錚々たるメンバーが出揃う中, ナリタブライアンには敗れるものの ID: 38Ek/eBkpt, 2018/08/26(日) 21:01:41 騎乗数・勝ち鞍ともに目に見えて上昇しており ナリタブライアンは史上5頭目の三冠馬に輝き、「シャドウロールの怪物」と呼ばれ、その評価は「もしかしたら世界で一番強いかもしれない」といわれたほどでした。, もちろん、三冠馬に輝くほどの実力があったのは間違いありませんが、どんなに強くても、はじめから「三冠馬になる資格がなかった名馬」も過去にたくさんいました。, たとえば、「持ち込み馬」という、いうなれば「差別」的な扱いを受けてクラシックに出走できなかったマルゼンスキーや、同じく「外国産馬」のエルコンドルパサーやグラスワンダーは「マル外(がい)」と呼ばれ、やはりクラシックへの出走権を持ちませんでした。, しかし実際には、たとえば日本の悲願である凱旋門賞への扉に日本馬が初めて手をかけたのは、ディープインパクトでもナリタブライアンでもない、外国産馬であるエルコンドルパサーであったことは多くの競馬ファンが知るとおりです。, 外国産馬は、日本の競走馬にとって重要な意味を持ち、これを掲げ続けてきた歴史があります。, ナリタブライアンと同期の外国産馬に、ヒシアマゾンという勇ましい名前のスーパー牝馬がいたことを、多くの競馬ファンは知っているでしょう。, ヒシアマゾンは、偉大な先輩牝馬のホクトベガなどが所属していた美浦の旧中野隆良(たかお)厩舎所属のアメリカ産馬でした。, 主戦ジョッキーは現在調教師として活躍中の中館英二騎手(当時)、「チーム・ヒシアマゾン」はまさに不動のラインナップでした。, 父シアトリカルは、ヌレイエフ直仔の良血種牡馬で、お母さんのケイティーズは、自身もアイリッシュ1000ギニーを勝ちましたが、繁殖牝馬としてもたいへんな名牝でした。, 有名どころでは、ケイティーズ産駒のホワットケイティーディドを介し、スプリンターズSを優勝したスリープレスナイト(父クロフネ)がその1頭です。, 他にもケイティーズファーストや、今回ご紹介しているヒシアマゾンを介してケイティーズの血はまだまだ繁栄の余地がある印象です。, そして、ケイティーズの父、つまりヒシアマゾンの母の父はノノアルコ、ということは、そのお父さんは世界的大種牡馬のノーザンダンサーの父であるニアークティックということになります。, ということは、シアトリカル自身がノーザンダンサー系ですから、ヒシアマゾンはニアークティックの4×3という、今考えられないのはもちろんですが、当時としてもかなり珍しい血統背景にあり、そしてなかなか類をみない超良血の牝馬であったことがおわかりいただけるのではないでしょうか。, 現在も存命(25歳)で元気に余生を送っているとのことですが、当時は牝馬と牡馬の区分けが現在よりもはっきりしていて、牝馬は牝馬同士で戦う(つまり、牡馬と戦っても勝ち目は薄かった)のが当たり前の時代でした。, もちろんレース体系は今のほうが整備されており、牝馬のビッグレースもたくさん増えていますが、牡牝がともに戦うことが少ない時代でした。, ちなみにヒシアマゾンの同期の牝馬となると、こちらもナリタブライアン同様ブライアンズタイム初年度産駒のオークス馬チョウカイキャロルの存在感は大きかったです。, そんな、素晴らしい同期に恵まれたヒシアマゾンでしたが、現役時代は、20戦10勝2着5回という、自身も素晴らしい成績を残しました。, 主な勝ち鞍は、旧年齢で3歳時の阪神3歳牝馬S(現在の阪神JF)、旧年齢4歳時のエリザベス女王杯(以上GⅠ)、そして同じく4歳時のNZT4歳S(現在のNZT)、関西TV賞ローズS、旧年齢5歳時の産経賞オールカマー、京都大賞典(以上GⅡ)がありました。, また、2着に敗れたレースも挙げると、4歳時の有馬記念ではナリタブライアンに次ぐ2着があり、古馬になった5歳時には、現在に比べて断然ハイレベルな外国馬が参戦して行われていたジャパンCでも、マイケル=ロバーツ騎手騎乗のドイツ馬ランドの前に2着に敗れながら、ヒシアマゾンらしい豪脚を披露しました。, GⅠを2勝しかしていないのか・・・と思うかもしれませんが、ヒシアマゾンは外国産馬ゆえ、クラシックや天皇賞などの主要レースへの出走権を持たなかったがための競走成績だったと断言できるくらい、ほんとうにハイレベルな牝馬でした。, しかも、旧年齢の4歳時(現在でいう3歳)、ヒシアマゾンは1月のクイーンCから11月のエリザベス女王杯まで重賞6連勝を果たしましたが、その間勝利した距離は、1200mを1勝、1600mで2勝、2000mで2勝、2400mを1勝、そしてラストの有馬記念の2500mは最強の三冠馬の前に2着に敗れたということで、この距離の幅だけを見れば、おそらくナリタブライアン以上の適応力の高さがあったといえるでしょう。, それだけに、「もしヒシアマゾンが外国産馬でなければ・・・」という思いはどうしても払拭できないのです。, いや、天才というイメージだけでいえば、ディープよりもオルフェーヴルのほうがむしろ当てはまるかもしれませんね。, しかしあくまでも個人的な印象でいえば、オルフェーヴルよりもディープインパクトよりも、もっと天才に近かったのがこのヒシアマゾンだったのではないか、という気がしてなりません。, 同じ牝馬では、エアグルーヴのようなスター性はなかったかもしれませんが、見た目の美しさも走りの素晴らしさも、漆黒のヒシアマゾンは別格でした。, 今の時代、やはり距離適性や馬場適性が非常に重視される時代になってきていますが、ヒシアマゾンははっきり言って、どの距離が一番適していたのかがよくわかりませんでした。, かつてたくさん名馬が誕生してきましたが、適距離のカテゴリーがわからない名馬なんて、ちょっと思いだせません。, マイルGⅠを勝ち、2400mのGⅠを勝ったというなら、ウオッカだって天才ではないかというかもしれません。, 確かにそれはそのとおりなのですが、しかしヒシアマゾンのベストレースというと、おそらく多くの人が、マイルの2歳女王決定戦でもなければ2400mのエリザベス女王杯でもない、芝1200mの「クリスタルカップ」を挙げるのではないでしょうか。, 今までヒシアマゾンのレースを見たことがないという若い世代の競馬ファンは、ぜひヒシアマゾンのクリスタルカップで見せた驚愕の追い込みを見ていただきたいと思います。, とても届かない位置からの差し切りというと、おそらくブロードアピールの根岸Sを思いだされるファンは多いと思いますが、あれと同格のすごさでした。, 引退後は、同馬主のヒシマサルと交配した以外はすべて生まれ故郷のアメリカで産駒を輩出したこともあるのかもしれませんが、ヒシアマゾンの代表産駒一覧を見ても、残念ながら産駒の特徴としてお母さんの素晴らしい部分があまり伝わっているとは思えないのが、ちょっと寂しいところではあります。, >> 450誌以上読み放題の楽天マガジンで競馬雑誌を読んでみた【サラブレ・週刊Gallop】 <<, dmenu ニュースなら、デイリースポーツ・東スポ・スポーツ報知といった大手スポーツ新聞社による 活躍を予言するものはいなかった。, 1993年9月にダート戦で ちなみに、ヒシアマゾネスで登録するつもりだったのだがJRAに却下され、苦し紛れにアマゾンで登録しなおしたらOKになったためヒシアマゾンとなった。なんでだろう…NO!アマゾネス!, 新馬戦(ダート)は快勝したが、500万下(ダート)と重賞(芝)を連続2着するなど詰めの甘さを見せた。しかし阪神3歳牝馬ステークスでは驚くような勢いで突き抜け5馬身差圧勝。評価を高めた。
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