1番には西武のリーディングヒッターの秋山選手を選出しました。 秋山選手は通算打率3割超え、俊足巧打の典型的な一番打者タイプの選手です。 2015年~2019年には5年連続で二桁本塁打を放つパンチ力も兼ね備えていながら、2015年には 216 キャリアハイ=2000年 .346・145安打・3本塁打・36打点, 父は近鉄バファローズで活躍していた金城晃世さんで、プロ野球選手2世として活躍した金城竜彦さんを右翼手として起用しました。プロ入り前までは父と同じく投手としてボールを投げていましたが、横浜のスカウトの提案により野手へ転向。身体能力が非常に高かったため野手として成功し、2000年には首位打者のタイトルも獲得しました。, 通算成績=.325・1275安打・167本塁打・808打点 王貞治 18年連続18回(1962年 - 1979年、いずれも一塁手) 最多ポジション選出者.  4757打数1448安打 (横浜時代の)キャリアハイ=2008年 .378・189安打・14本塁打・67打点, 現在は福岡ソフトバンクホークスになくてはならない存在として大活躍している内川選手はかつて横浜でも好成績を残していた選手でした。移籍に当たっては様々な発言で話題となりましたが、選手としては非常に優秀でシーズン.378の記録は右打者としてはNPB史上最高打率になっています。その他「7年連続打率3割以上」を記録するなど稀代のヒットメーカーとして活躍中です。, 通算成績=.300・443安打・91本塁打・260打点 1 中田翔 828打点 1 柳田悠岐 打率.319 日本野球機構(npb)オフィシャルサイト。プロ野球12球団の試合日程・結果や予告先発、ドラフト会議をはじめ、事業・振興に関する情報を掲載。また、オールスター・ゲームや日本シリーズなど主催試合のチケット情報もご覧いただけます。  3287打数1020安打(阪神) キャリアハイ=1950年.355・183安打・51本塁打・161打点・28盗塁, 往年の名選手小鶴選手を4番に置きました。小鶴選手はNPB史上初の50本塁打を記録した選手で、その他未だ破られていない、シーズン記録の161打点をマークするなど球界屈指の強打者として活躍していました。なお1950年は50本塁打に加え、28盗塁を記録し、NPB唯一の“50本塁打20盗塁以上”をマークした選手となっています。, 通算成績=.285・977安打・205本塁打・613打点 4 バレンティン 763打点 日本野球機構(npb)オフィシャルサイト。プロ野球12球団の試合日程・結果や予告先発、ドラフト会議をはじめ、事業・振興に関する情報を掲載。また、オールスター・ゲームや日本シリーズなど主催試合のチケット情報もご覧いただけます。 (西武-楽天), 2013年にNPB記録の60本を打ったバレンティンと、極端な打低だった2011年に48本塁打を打った中村剛也が傑出した存在だ。中田は本塁打数では劣るが、打点は1位。勝負強さが光った。松田宣浩も長打力、勝負強さで鳴らした。パの選手が多い中で、筒香嘉智が本塁打5位にランクインしている。, <盗塁5傑> (中日) 真弓明信 3ポジ … (横浜・DeNA), <打点5傑> キャリアハイ=1999年.369・192安打・37本塁打・153打点, 横浜の“マシンガン打線”を支えた名助っ人、ローズ選手を3番へ置きました。横浜ファンからもその活躍は非常に支持され、横浜史上最強の助っ人外国人と呼ばれています。ベストナインにも何度も選ばれていますし、当時のセ・リーグの二塁手としてはかなり優秀な選手だったことが伺えます。現在はオリオールズの傘下で打撃コーチをしているそうです。いつか横浜の打撃コーチもやってほしいですね。, 通算成績=.280・1717安打・230本塁打・923打点 1 坂本勇人 1571安打 スポンサーリンク ストレート:Sコントロール:C 変化球:A スタミナ:A ・日本史上最速の165kmのストレートを持つ怪物 ・投手としてだけでなく、野手としても出場する”二刀流” ・投手としても野手としても超一流の能力を持つ、イチロー以来のスーパースター ・ベーブ・ルース以来の10勝、10本塁打を記録した (日本ハム-オリックス-阪神) 2 糸井嘉男 1448安打 3 大島洋平 1442安打 (西武) (ソフトバンク) キャリアハイ=1962年 防御率1.92・26勝・8完投, 選手だけではなくコーチや、監督時代すら大洋ホエールズ一筋で野球人生を生きてきた秋山登さんを先発起用です。投球フォームが横手投げ、下手投げと珍しいタイプでした。地面すれすれのアンダースローから投げるシュートは別名「カミソリシュート」と呼ばれていました。, 通算成績=防御率3.31・201勝・145完投 キャリアハイ=2005年 防御率2.52・12勝・10完投, “ハマの番長”と言えば野球に興味がない人でも知っている、というくらい有名な三浦大輔さん。トレードマークのリーゼントヘアで長期に渡り横浜の看板投手として活躍してきました。三浦さんは「投手が安打を打った連続年数」というギネス記録も持っています。投球スタイルは多彩な変化球とコントロールを武器にする技巧派で、通算与四球率は2.42と大変低い数字になっています。そして2020年シーズンからは二軍監督を務める予定で将来の監督候補として期待されています。, 通算成績=防御率2.34・163セーブ・36ホールド 3 松田宣浩 764打点 5 川端慎吾 打率.298 野村克也 19回(1956年 - 1968年、1970年 - 1973年、1975年・1976年、いずれも捕手) 最多連続年数選出者. 2 中村剛也 818打点 通算成績=.301・2017安打・380本塁打・1272打点 (横浜時代の)キャリアハイ=2012年.300・143安打・19本塁打・76打点 監督成績(計4年)=280勝・Aクラス3回・Bクラス1回 「ラミちゃん」の愛称でお馴染みのラミレス監督。就任して4年ですが、ずっとBクラス、最下位付近をウロウロしていた横浜 … (ロッテ), 前の10年、赤星憲広は381盗塁していたが、この10年は盗塁数も減少している。糸井は35歳の2016年に史上最年長で盗塁王になっている。西川は、200盗塁以上の選手で最も盗塁成功率が高い(.868)。盗塁は「数」ではなく「質」の次元に入ったと言えるかもしれない。, <打率5傑(3000打席以上)>  3003打数958安打(ソフトバンク) キャリアハイ=1998年 防御率0.64・45セーブ, 横浜の抑えはこの方をおいて誰がいるのでしょうか、日本が世界に誇った絶対的守護神佐々木投手です。「150キロ超のストレート」と「落差が大きいフォーク」を武器に日米で活躍した名ストッパーです。1998年には51試合に登板し、なんと自責点はわずかに4。海の向こうへ渡ってMLBでも新人王を獲得するなど目覚ましい活躍を見せてくれました。ちなみに「大魔神」というあだ名は日本だけではなく、メジャーでもそのまま「DAIMAJIN」と呼ばれていたそうですよ。日本プロ野球史上最強のストッパーはと言われたら、必ず名前の出てくる投手ですね。, 以上が横浜のベストナインになります。どの選手も一癖も二癖もあり、とても楽しそうな試合ができるのではないでしょうか。また現在横浜はラミレス監督の下改革、若手の育成が進められています。現在横浜の1軍で活躍する選手、まだ芽が出ていない選手等の中で「レジェンド」と呼ばれる選手がそう遠くない未来に現れることでしょう。. 11月3日 - 1970年度の最優秀選手、最優秀選手、ベストナインを決めるプロ野球記者投票の開票が東京・銀座のプロ野球コミッショナー事務局で午前10時より行われ、最優秀選手に王貞治、木樽正明、最優秀新人に谷沢健一と佐藤道郎が選出される 。 5 荻野貴司 201盗塁 5 浅村栄斗737打点 (横浜時代の)キャリアハイ=2012年.300・143安打・19本塁打・76打点 3 糸井嘉男 打率.304 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 通算成績=.301・2017安打・380本塁打・1272打点 4 大島洋平 217盗塁 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); NPB、MLB、高校野球とどれも好きで、気になる記事や面白い記事等を本ブログに書いていこうと思います。. キャリアハイ=1994年.315・141安打・35本塁打・91打点, 横浜で活躍した期間は4年ととても短いですが、好成績を収めた助っ人外国人の一人ブラッグス選手を7番に起用してみました。筋骨隆々の体型から見てわかるとおり、桁違いの長打力が魅力で、広い横浜スタジアムで場外本塁打も記録したほどでした。また“乱闘王”としても有名で、中日与田投手との乱闘劇はすごい迫力でしたね。シーズン中に受けた死球の影響で残念ながら早い引退となってしまいましたが、もしも死球を受けていなければ、歴史に残る活躍をしていたことは間違いないでしょう。, 通算成績=.269・1865安打・360本塁打・1123打点 4 秋山翔吾 1405安打 キャリアハイ=1970年 防御率1.95・25勝・23完投 ※沢村賞, 秋山登さんとともに「カミソリシュート」と呼ばれたハイスピードかつキレのあるシュートを武器に活躍した平松さん。現役生活は18年間と非常に長いものでした。また性格は非常に短気でしたが、その気の強さで闘志あふれるピッチングを見せ、プロ野球ファンを楽しませてくれました。, 通算成績=防御率3.60・172勝・78完投 2000年代に続いて、2010~2019年までのディケードのベストナインを選考する。, 読者各位は覚えておられるだろうか? 2011年に加藤良三コミッショナー(当時)が、MLB仕様とされる「統一球」を導入したことを。この年から極端な投高打低になり、反発係数を測定したところ基準の下限値を下回るなど大混乱した。, その後、調整されて基準値内に戻ったとされるが、この10年は、前の10年に比べて打撃成績は大きく低下している。投打のバランスは大きく変動したのだ。, 【2010年~2019年の野手ランキング】 プロ野球2010年代ベストナイン(野手) 1番(中) 秋山 翔吾 . 近年着実に力を付けて順位を上げている横浜DeNAベイスターズ。ここ最近は筒香選手や山崎康晃投手のようなスター選手も数多く登場しています。, また、過去にはメジャーで活躍した“ハマの大魔神”佐々木主浩さんらも輩出したり、1998年には“強力マシンガン打線”で日本プロ野球界に旋風を巻き起こした横浜ベイスターズ。, そんな横浜ベイスターズの過去~現在までの選手を集め、ベストナインを組んでみました。かつて大活躍をした名選手から、現代の横浜黄金期到来を後押しする若手選手までズラッと勢ぞろいです。, ※2019年度の時点での現役選手の通算成績は2019年シーズン終了後のデータを掲載しています。またメジャーで活躍した選手は日米の通算を掲載しています。外国人選手は日本での記録のみの掲載です。. 2 中村剛也 281本塁打 1 バレンティン 288本塁打 2 西川遥輝 245盗塁 (巨人) ©Copyright2020 野球好きヒラリーマンのブログ.All Rights Reserved. 5 筒香嘉智 205本塁打 (ソフトバンク), 前の10年、1500安打以上は3人いたが、この10年は坂本だけ。またスラッガーというよりスピード感のある1番、3番打者タイプが並んでいる。, <本塁打5傑> キャリアハイ=2016年.322・151安打・44本塁打・110打点, 筒香選手は横浜の4番だけではなく“侍JAPANの4番”としても大活躍。本来であれば4番を打ってる選手ですが、他にも沢山アーチストがいますので5番へ。北海道日本ハムファイターズの中田選手ととても仲良しでWBC開催時は「筒香が打てば中田が打つ、中田が打てば筒香が打つ」と言われたほど。プライベートでも親交が深いようです。2020年からはMLBのタンパベイ・レイズに移籍することが決まりました。アメリカでの活躍も注目です!, 通算成績=.303・2171安打・196本塁打・957打点 キャリアハイ=1998年.314・174安打・39盗塁・2犠打, “ハマの安打製造機”の一人石井琢朗さん。通算安打数2432安打は日本球界で14位の記録を持っています。守備力に定評があり、鉄壁のショートとして有名でした。さらに足も速く盗塁数も稼いでおり、4度の盗塁王に輝いたことがあります。またプライベートではチャリティー活動に力をそそいでおり、子供たちへ絵本の寄付などを行ってファンを喜ばせていました。, 通算成績=.278・1648安打・104本塁打・592打点 <安打数5傑>  4674打数1405安打 4 中田翔 226本塁打 キャリアハイ=2015年 防御率1.92・37セーブ・7ホールド, 山崎選手は基本的に抑えとして活躍していますが、あえて中継ぎで起用してみました。現在山崎選手は「横浜で入団1年目から連続20セーブ」の記録を更新中という素晴らしい投手です。また愛称は「小さな大魔神」で、球界を代表する抑え投手として今後の活躍が期待できます。ちなみに顔が童顔で可愛らしい為、女性ファンもとても多い選手です。, 通算成績=防御率2.60・381セーブ 最多回数選出者. キャリアハイ=1999年 .295・126安打・51打点, 1988年に当時の横浜大洋ホエールズにドラフト1位で入団した谷繁さん。谷繁さんは横浜だけではなく中日でも大活躍をしました。その才能は小学生の頃から片りんを見せており、生まれ故郷の広島県内ではかなり有名人だったようです。ちなみに元々は投手だったそうで、高校時代の監督に捕手転向を進められたそうです。, 通算成績=防御率2.60・193勝・132完投 2 マートン 打率.310 (日本ハム) (ヤクルト) 読売新聞1970年1月6日11面「『ヤクルト・アトムズ』正式決定」読売新聞縮刷版1970年1月p143, 読売新聞1970年1月6日11面「荒川選手(荒川コーチの長男)襲われる いやがらせか二人組 なぐられケガ」読売新聞縮刷版1970年1月p147, 読売新聞1970年1月8日10面「プロ野球短信」読売新聞縮刷版1970年1月p198, 読売新聞1970年1月11日10面「プロ野球短信」読売新聞縮刷版1970年1月p290, 読売新聞1970年1月31日11面「近鉄球団 新社長に今里氏」読売新聞縮刷版1970年1月p875, 読売新聞1970年4月3日11面「さようなら"黄金の左腕" 金田、なごりの力投 引退試合 『34』は永久欠番」読売新聞縮刷版1970年4月p75, 毎日新聞1970年4月6日13面「二転三転 箕島に勝利の女神 島本が投打に大活躍」毎日新聞縮刷版1970年4月p169, 朝日新聞1970年4月11日1面「『他球団も二人関係 西鉄から口止め料』 永易、八百長事件で記者会見」朝日新聞縮刷版1970年4月p333, 朝日新聞1970年4月15日13面「池永が通算百勝目」朝日新聞縮刷版1970年4月p481, 読売新聞1970年4月20日11面「毒島が三塁打新記録 通算104」読売新聞縮刷版1970年4月p627, 朝日新聞1970年4月24日15面「田中勉 高山を逮捕 八百長オート レーサーだき込む 藤縄も逮捕 数十万円を渡す」朝日新聞縮刷版1970年4月p783, 読売新聞1970年4月24日11面「6イニング連続併殺 西鉄がパ新」読売新聞縮刷版1970年4月p755, 朝日新聞1970年4月25日13面「野村、450ホーマー 十七年目に達成」朝日新聞縮刷版1970年4月p821, 朝日新聞1970年4月30日15面「永易発言とぴたり一致 プロ野球の八百長問題 五百五十万円を渡す 楠根西鉄オーナー 地検で供述」朝日新聞縮刷版1970年4月p999, 読売新聞1970年4月30日11面「鈴木も奪三振千に「」読売新聞縮刷版1970年4月p951, 朝日新聞1970年5月5日15面「喚問会 全員、八百長否定 西鉄六選手ら記者会見」朝日新聞縮刷版1970年5月p139, 朝日新聞1970年5月6日夕刊11面「中日小川投手を逮捕 黒いプロ野球 現役に追及の目 八万円でレーサー買収」朝日新聞縮刷版1970年5月p167, 朝日新聞1970年5月7日15面「西鉄、当面六選手ぬき 与田ら出場停止処分 池永らは辞退」朝日新聞縮刷版1970年5月p183, 読売新聞1970年5月7日夕刊11面「今月中出場させぬ 池永ら四選手」読売新聞縮刷版1970年5月p185, 朝日新聞1970年5月9日15面「八百長選手、東映にも 50万円で2投手請け負う」朝日新聞縮刷版1970年5月p251, 朝日新聞1970年5月10日15面「八百長野球 東映、二投手に事情聴く 60万円積んで頼まれる 森安投手と同席の田中投手」朝日新聞縮刷版1970年5月p283, 朝日新聞1970年5月13日11面「西鉄の楠根社長辞任 『黒い霧事件の責任とる』」朝日新聞縮刷版1970年5月p401, 読売新聞1970年5月19日11面「渡辺(巨人)がノーヒット・ノーラン 両リーグ30回目、セでは17人目 広島を6三振、2四球に」読売新聞縮刷版1970年5月p545, 朝日新聞1970年5月19日夕刊11面「葛城(阪神)ついに逮捕 八百長オート」朝日新聞縮刷版1970年5月p613, 朝日新聞1970年5月24日21面「野球はこわいもの!白、審判を倒しける まるで与太者、息のむ観客」朝日新聞縮刷版1970年5月p779, 朝日新聞1970年5月26日1面「永久追放 与田・益田・池永 西鉄6選手に裁決 コミッショナー委」朝日新聞縮刷版1970年5月p827, 読売新聞1970年5月26日1面「西鉄六選手の処分 コミッショナー委 裁決を発表」読売新聞縮刷版1970年5月p761, 読売新聞1970年5月26日11面「露崎審判、白(東映)を告訴」読売新聞縮刷版1970年5月p771, 朝日新聞1970年5月28日3面「『引責とはいえぬ』楠根前社長の取締役留任 西鉄役員会追及」朝日新聞縮刷版1970年5月p901, 朝日新聞1970年5月28日3面「西鉄球団身売りも 木本オーナー語る」朝日新聞縮刷版1970年5月p901, 読売新聞1970年6月3日11面「野村、打点の日本新 2ラン放ち、一、三二二点」読売新聞縮刷版1970年6月p75, 読売新聞1970年6月4日11面「江藤、ロッテ入り決定 川畑との交換トレードで」読売新聞縮刷版1970年6月p109, 読売新聞1970年6月10日11面「鬼頭(大洋)ノーヒットノーラン 今季2人目 ヤクルト3四球だけ」読売新聞縮刷版1970年6月p305, 読売新聞1970年6月3日夕刊8面「小川選手永久追放 コミッショナー委が決定」読売新聞縮刷版1970年6月p96, 読売新聞1970年6月16日14面「近鉄 山崎広報課長を永久追放」読売新聞縮刷版1970年6月p504, 読売新聞1970年6月19日15面「葛城の失格選手指名 コミッショナー」読売新聞縮刷版1970年6月p609, 読売新聞1970年6月21日11面「篠原(ロッテ)ヤクルトへトレード」読売新聞縮刷版1970年6月p687, 読売新聞1970年7月2日11面「広瀬、盗塁の日本タイ」読売新聞縮刷版1970年7月p47, 読売新聞1970年7月2日11面「復帰の江夏(救援)奪三振千 史上最短の940回で」読売新聞縮刷版1970年7月p83, 読売新聞1970年7月8日11面「村山が二百勝 初完封 大洋の6連勝阻止」読売新聞縮刷版1970年7月p247, 読売新聞1970年7月11日11面「毒島が二千試合出場」読売新聞縮刷版1970年7月p351, 読売新聞1970年8月1日11面「広瀬(南海)盗塁の日本新 1,663試合目で479個」読売新聞縮刷版1970年8月p11, 毎日新聞1970年8月3日10面「神戸(三菱重工神戸)雨中14回、勝負つかず 富士(大昭和製紙)橘谷、安田譲らず 史上初の決勝再試合に」毎日新聞縮刷版1970年8月p74, 毎日新聞1970年8月4日1面「富士市(大昭和製紙)が優勝 神戸破り 17年ぶり2度目」毎日新聞縮刷版1970年8月p91, 読売新聞1970年8月5日11面「山内(広島)が四千塁打」読売新聞縮刷版1970年8月p123, 読売新聞1970年8月7日11面「遠井(阪神)が千本安打」読売新聞縮刷版1970年8月p187, 読売新聞1970年8月12日11面「王が千五百試合出場 両リーグで三十二人目」読売新聞縮刷版1970年8月p333, 毎日新聞1970年8月17日11面「江藤が千五百本安打」毎日新聞縮刷版1970年8月p491, 読売新聞1970年8月20日11面「ヤクルト 別所監督を解任 代理監督に小川コーチ」読売新聞縮刷版1970年8月p583, 読売新聞1970年8月26日11面「ヤクルト 暗い日本タイ 16連敗 再三の好機逸す 渋谷(中日)プロ入り初完封」読売新聞縮刷版1970年8月p770, 読売新聞1970年8月27日11面「ヤクルト、17連敗阻止」読売新聞縮刷版1970年8月p807, 毎日新聞1970年9月14日15面「若生が五百試合登板」毎日新聞縮刷版1970年5月p421, 読売新聞1970年9月20日11面「森が千五百試合出場」読売新聞縮刷版1970年9月p603, 毎日新聞1970年9月21日15面「八田、千五百試合出場」毎日新聞縮刷版1970年9月p635, 毎日新聞1970年9月25日15面「張本、千五百試合」毎日新聞縮刷版1970年9月p739, 読売新聞1970年9月29日11面「広瀬(南海)が通算千得点」読売新聞縮刷版1970年9月p939, 読売新聞1970年10月7日11面「佐々木(近鉄)が完全試合 対南海 プロ11人目の快挙」読売新聞縮刷版1970年10月p227, 読売新聞1970年10月8日1面「ロッテ、3回目の優勝 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1970年10月p253, 読売新聞1970年10月9日10面「山内(広島)が引退 今シーズン終了後」読売新聞縮刷版1970年10月p298, 読売新聞1970年10月9日10面「荒川(早大出)大洋入り 期限切れ寸前に」読売新聞縮刷版1970年10月p298, 読売新聞1970年10月17日11面「梶本が800登板」読売新聞縮刷版1970年10月p573, 読売新聞1970年10月19日11面「野村、二千本安打も」読売新聞縮刷版1970年10月p641, 読売新聞1970年10月19日11面「大杉、本塁打王ほぼ手中 一気に43・44号、野村離す」読売新聞縮刷版1970年10月p673, 読売新聞1970年10月19日11面「三原近鉄監督退団へ」読売新聞縮刷版1970年10月p673, 読売新聞1970年10月22日11面「田宮(東映)監督に昇格」読売新聞縮刷版1970年10月p747, 読売新聞1970年10月23日1面「巨人、史上初の六年連続優勝 ロッテと日本シリーズ」読売新聞縮刷版1970年10月p771, 読売新聞1970年10月24日11面「パ・リーグ全日程終わる」読売新聞縮刷版1970年10月p815, 読売新聞1970年10月25日11面「平松(大洋)に沢村賞 全員一致できまる」読売新聞縮刷版1970年10月p851, 読売新聞1970年10月25日11面「若生プロ入り百勝目」読売新聞縮刷版1970年10月p883, 読売新聞1970年11月3日1面「6年連続日本一の快挙 巨人 4勝1敗でロッテくだす」読売新聞縮刷版1970年11月p59, 読売新聞1970年11月4日11面「最優秀選手 王が5度目(史上初)」読売新聞縮刷版1970年11月p93, 読売新聞1970年11月7日11面「荒川コーチ辞表出す」読売新聞縮刷版1970年11月p193, 読売新聞1970年11月8日10面「三原ー中西ライン ヤクルト入り発表」読売新聞縮刷版1970年11月p224, 読売新聞1970年11月8日10面「鶴岡氏に監督就任を要請 近鉄」読売新聞縮刷版1970年11月p224, 毎日新聞1970年11月9日夕刊10面「南海―島本、巨人―湯口、広島―佐伯 指名して交渉権 プロ野球 明暗、ドラフト会議」毎日新聞縮刷版1970年11月p274, 読売新聞1970年11月19日11面「鶴岡氏も断る 近鉄の監督」読売新聞縮刷版1970年11月p591, 読売新聞1970年11月26日11面「天地氏 二出川氏 野球殿堂入り」読売新聞縮刷版1970年11月p833, 読売新聞1970年11月26日11面「濃人監督留任正式に決まる」読売新聞縮刷版1970年11月p833, 読売新聞1970年12月5日11面「巨人六連勝たたえる 米大リーグ 正力オーナー、王選手を特別表彰」読売新聞縮刷版1970年12月p151, 読売新聞1970年12月5日11面「杉浦(南海)ついに引退」読売新聞縮刷版1970年12月p151, 読売新聞1970年12月10日11面「山内、巨人コーチ(二軍)に 新首脳陣 国松は打撃担当に」読売新聞縮刷版1970年12月p323, 読売新聞1970年12月17日10面「故中馬、田村、直木氏が野球殿堂入り」読売新聞縮刷版1970年12月p558, 読売新聞1970年12月23日11面「スペンサー守備コーチに 阪急の新首脳陣」読売新聞縮刷版1970年12月p737, 読売新聞1970年12月23日11面「減俸も仕方ない 船田 村上」読売新聞縮刷版1970年12月p737, 読売新聞1970年12月27日11面「荒川トレードまた波紋 連盟、公示を保留 コミッショナー委も保留」読売新聞縮刷版1970年12月p858, 読売新聞1970年12月27日11面「巨人・西鉄ともに発表 3対2トレード」読売新聞縮刷版1970年12月p858, 【8月26日】1970年(昭45)田淵幸一、流血し昏倒…記憶が飛んだおかげで恐怖なし, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=1970年の野球&oldid=79241009, 平和台球場での西鉄対阪急3回戦にて、西鉄は二回から七回の6イニング連続で併殺を完成させる。中日が1950年4月29日対巨人戦で記録して以来2度目, プロ野球コミッショナー委員会は益田昭雄、与田順欣を、疑惑が濃くなったとして野球協約の404条「制裁の範囲」を適用し出場停止処分を下したと発表, プロ野球コミッショナー委員会が午後3時半から東京・後楽園の野球博物館にて記者会見し、西鉄6選手の, パ・リーグ審判の露崎元弥が東映の白仁天を23日の試合の件について、東京・富坂署に暴行、傷害で告訴, ヤクルトが神宮球場での対中日19回戦に延長13回2-1とサヨナラ勝ちし、連敗を16で止める, 阪急は午後6時から梅田の新阪急ホテルにて来季の1,2軍のコーチ陣容を発表。打撃コーチに前広島の, 西鉄は黒い霧事件でコミッショナー委員会から5月25日から11月30日までの野球活動の停止処分を受けた, ヤクルトは午後3時半から日本橋のヤクルト本社にて大洋から金銭トレードで獲得した同球団が69年11月のドラフト会議で1位指名した.
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