国名:クウェート国、State of Kuwait、首都:クウェートシティー、ISO3166-1国コード:KW/KWT、独立国(1961年英国保護国終了)、公用語:アラビア語、通貨:クウェートディナール。, クウェートはペルシャ湾に面したアラビア半島の小国です。北西から北にかけてイラク、南西から南にかけてサウジアラビアと接しています。ペルシャ湾を挟んだ先にはイランがあります。 クウェート市(クウェートし、アラビア語: مدينة الكويت Madīnat al-Kuwayt マディーナト・アル・クウェート)は、クウェート国の首都。アースィマ県の県都でもある。 クウェート国(クウェートこく、アラビア語: دولة الكويت)、通称クウェートは、西アジア・中東に位置する立憲君主制国家。首都はクウェート市。, 1990年にイラクに一時占領された(湾岸危機)。北と西にイラク、南にサウジアラビア、東にペルシャ湾がある。, 正式名称はアラビア語で、دولة الكويت( Dawlat al-Kuwait ダウラトゥ・ル=クワイトゥ)。, 公式の英語表記はState of Kuwait。通称Kuwait [kuːˈweɪt]。, 日本語の表記はクウェート国。通称クウェート。クウェイトとも表記される。 クウェート国(クウェートこく、アラビア語: دولة الكويت )、通称クウェートは、西アジア・中東に位置する立憲君主制 国家。 首都はクウェート市。. ▲目次に戻る, 世界を代表する産油国、クウェート。首都クウェートシティーを歩くと、未来世界のようなデザイン都市や、高層ビル群の摩天楼に圧倒されます。道路や車や建物などいろいろなものが綺麗で新しく、巨大な石油プラント群は国の豊かさの象徴です。でも、探せば伝統的なものもちゃんとある。スパイスや鮮魚がむきだしで積まれるスーク(市場)に、アラブ装束の男性たちが絨毯に集う昔ながらのアラブカフェ。お祈りや断食月や飲酒禁止などのイスラム教に基づく生活習慣は今も徹底して行われています。クウェートの文化は、伝統アラブと、モダンアラブと、インターナショナルの混交です。, 西アジアの地図を見ると、有名なチグリス川とユーフラテス川の河口の南に小さな国があります。そこがクウェートです。, クウェートは国土のほとんどが砂漠です。目と鼻の先はすぐペルシャ(現イラン)で、歴史の中ではアラブになったこともペルシャになったこともありますが、基本的に漁村というか不毛の地。18世紀にナジュド(現サウジアラビア)からサバーハ家が移住してからはポートシティーとして繁栄し、貿易、商業、漁業、真珠産業などで栄えました。今も首長家はサバーハ家であり、300年近くにわたり一族で政治を司る、事実上一族独裁による絶対君主制国家です。, クウェートは地理的にイラクの足元にあり、歴史的にもずーっと正式にイラク内の一地域だったのですが、オスマン帝国領時代の英国介入のあたりから英国に口説かれて、オスマン崩壊後にイラクが独立国になるときも英国はクウェートを手渡さず、最終的に英国が手を引いたあともイラクとクウェートが別々の独立国のままという状況がイラクからしたら許せない。イラクは眈々と奪回の時を待ち、1990年にクウェートへ侵攻したのが湾岸戦争の始まりです。大部分の国民が国外退避し、クウェートの油田が攻撃されて火災炎上、国土も荒れました。しかしそのような湾岸危機を乗り越えて復興した今、クウェートは冒頭の通り息をのむモダンなビューティフルカントリーです。, クウェート料理を理解するためには、「典型的な湾岸諸国の食文化」を理解しましょう。よく出てくる「ガルフ」という単語は「湾」という意味で、アラビア湾(ペルシャ湾とも呼ぶ)を指します。湾岸諸国(ガルフ諸国)とは、クウェート、バーレーン、カタール、UAEといったアラビア湾岸のアラブ側の国を指します。もともと住民はアラブ人のイスラム教徒で、石油が採掘される前は土着のアラブ料理や近隣のペルシャ文化の影響を受けた料理を食べていました。, ざっと100年前にアラビア湾に石油が発見され、この100年で彼らの社会は莫大な富により変貌しました。オイルマネーで湾岸諸国は急発展し、諸外国の労働者が多数流入します。南アジア人(インド人、パキスタン人、バングラデシュ人など)、フィリピン人、国外アラブ人(エジプト人、レバノン人、パレスチナ人など)が多く、どこも自国民比率が少ない(例:クウェートにおけるクウェート人比率は30%(2018年)、カタールにおけるカタール人比率は13%(2017年)等)という国民プロファイルが形成されます。外国人だらけなので料理はおのずと国際色が豊かになります。インド料理やパキスタン料理は定番で、エジプト料理もレバノン料理も、アラブ各地のファストフードもすっかり日常食です。そもそも自国民はオイルマネーで潤っていて超裕福で、自宅ではメイドの作る外国料理も食べるし、外に出れば(イスラム規則の範囲内で)世界中の料理が食べられる状態です。テイクアウェイもデリバリーを含めて外食産業も発達しています。どこも砂漠がちな国で作物があまり採れず食糧自給率は低いけれど、主食の小麦や米をはじめ、世界各地からたくさんの食糧が輸入されています。, 国民の生活習慣や法律はイスラム教に則っており、豚肉やアルコール禁止(※規制度合いは国による)の食生活を送ります。イスラム圏はもてなしの文化が強いのですが、シリアやエジプトなどでは客人にシャイ(紅茶)をふるまうところ、湾岸諸国ではアラビアコーヒーとナツメヤシの実がもてなしの定番です。, クウェート料理とは、こういった「典型的な湾岸諸国の料理」そのものです。バーレーン料理やカタール料理などと似ていて当然。モダンとインターナショナルだけでなく、伝統アラブもしっかりと共存していて、クウェート料理を知れば知るほど、アラビア半島の歴史をも学べるのが有意義です。. クウェート シティ観光の口コミを集めました!クウェート シティのグルメ、The Avenuesなどの観光スポット、季節ごとのイベント、クウェート シティ観光のモデルコース、人気スポットを一挙公開!クウェート シティのホテル、入場券、レストラン予約はトリップアドバイザーで一括管理! 1990年にイラクに一時占領された(湾岸危機)。 北と西にイラク、南にサウジアラビア、東にペルシャ湾がある。 正式名称 クウェート国 Dawlat al-Kuwayt。 面積 1万7818km 2 。 人口 403万9000(2014推計)。 クウェート観光・旅行での入国とビザ申請・取得方法; ベリーズの基本情報-時差、言語、人口、宗教、首都、飲料水など; パナマの基本情報-時差、言語、人口、宗教、首都、飲料水など; ネパール観光・旅行での入国とビザ申請・取得方法と滞在期間延長方法 首都も国名と同じクウェート市、アラビア語で「小さな城」という意味です。 首長を国家元首とし、憲法で立憲君主制国家と定められていますが、内閣の要職は首長家であるサバハ家にほぼ独占されている事実上の絶対君主制国家。 首都クウェートシティーを歩くと、未来世界のようなデザイン都市や、高層ビル群の摩天楼に圧倒されます。 道路や車や建物などいろいろなものが綺麗で新しく、巨大な石油プラント群は国の豊かさの象徴 … クウェート(中近東)で観光するならトリップアドバイザーで口コミ、写真、ランキングをチェック!クウェートにある303 件の観光名所を、10,802 件の口コミ、写真を地図と共にご紹介しています。 Copyright © 2012-2020 世界の料理、各国料理について、Auther:松本あづさ、All Rights Reserved. 世界遺産ペトラ遺跡を有する中東の国ヨルダン。一体どんな国なのか、想像すらつかない方も多いのではないでしょうか。この記事では古代から近現代までの歴史を、独立の経緯や隣国イスラエルとの関係なども含めてわかりやすく解説してい... 国家と特定の宗教が結びつくことは人権の弾圧に繋がりかねず、歴史を振り返ってみてもさまざまな問題が生じてきました。そこで日本では「政教分離」という制度が導入されていますが、一体これはどのようなものなのでしょうか。アメリカ... テロリズムの温床、泥沼の紛争地という印象が強いアフガニスタン。一体どのような経緯で争いの場となってしまったのでしょうか。この記事では紀元前からさかのぼり、アフガニスタンの歴史をわかりやすく解説していきます。理解が深まる... 世界最大の国土面積をもつロシア。言わずと知れた超大国ですが、一体どのような経緯で現在の姿になったのでしょうか。この記事では、キエフ・ルーシ時代からロシア帝国、革命、冷戦、ソ連崩壊などロシアの歴史をわかりやすく解説してい... 2020年3月11日、WHO(世界保健機関)は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」のパンデミックを認定しました。この記事では、ペストやスペインかぜなど、有史以来人類に大きな被害をもたらしてきたパンデミックの... 「世界一訪れることが難しい国」といわれてきた中東の大国サウジアラビア。2019年にビザの発給が開始され、注目が集まっています。この記事では、女性の人権や石油産業、建国からの歴史などをわかりやすく解説。またおすすめの関連... 今大注目の若手俳優・瀬戸利樹をご存じでしょうか? 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